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2012-05-07

『ラオスに近代的な薬局を』 APU卒業生インタビュー 第10弾 ラオス スーダリーさん

APU一期生のスーダリーさんとは初対面の私たち。

私たちがラオスを訪れた10月末頃は
ラオスの結婚式シーズンとのことで、
スーダリーさんも友人の結婚式などで大忙し。
それでも、突然の私たちの訪問を大変快く迎えてくださいました。

インタビューを実施したのはビエンチャンのとある食堂。
ランチに豚肉のかたまりがゴロゴロはいった汁麺(米とタピオカからできた麺)と
ココナッツジュースをご馳走していただきました。

また、車で街中を案内していただいたり、
この時期のラオスのお祭りについていろいろ教えてもらったり。
やっぱり現地のことは現地にいる人に聞くのが一番!

そんなホスピタリティ溢れる姉御肌のスーダリーさん。
彼女とのインタビューを、以下ご覧ください。
_________________________________

<プロフィール>

(写真:facebookより)

氏名  Soudalie Silaphet さん
出身国 ラオス(ルアンパバーン出身、ビエンチャン在住)
卒業年 2004年秋
学部  APM
職業  2004~2009国連勤務
国連退職後はラオス初となる先進的な薬局チェーン
『Poppys Pharmacy & Beauty』を経営

***********************************************

以下インタビューは英語で行い、日本語訳しております。
KはKentaro CはChiaki その他がご本人の発言です。

Q、現在の仕事に至るまで

K. 薬局を始める前は何をしてたの?

卒業後すぐに国連で働きだしたわ。
辞める前しばらくは東ティモールで働いていたの。

K. そりゃ面白いね。すごいね。

つまらなかったよ。疲れた(笑)。

K. 国連職員になろうと思ったのはいつごろ?

APUを卒業してラオスに戻ってから。
(奨学金の決まりで)ラオスに戻って、
なんでもいいからラオスで働いて貢献しなきゃいけなかったの。
だから、卒業したらまずラオスに戻って、できそうな仕事を探したの。
そしたら国連職員の空きがあって、申し込んでOKだったわけ。

K. 随分あっさり言うね(笑)。国連では何をしてたの?どの部署にいたの?

あるプロジェクトのプロジェクトマネージャーだったの。

C. 東ティモールの復興プロジェクトとか?

いやいや、東ティモールのときは、主にリサーチ関係だったわ。

K. 東ティモールで働いていたときはどこに住んでたの?

ティモールに住んでいたわ。

C. ティモールの言葉がわかるの?

まさか(笑)。彼らはポルトガル語を話すのよ。

K. ティモールには何年いたの?

結局、一か月だけ。政権が変わってね。常に争ってばかり。
あとはほとんどラオスに住んで、ここを拠点に国連の仕事をしていたわ。
でも、外に出ることが本当に多くて。

C. 外に出るって、旅行じゃないよね。出張(business trip)?

あれはビジネスとすら言えないわね、
そもそも私には関係ないし(none of my business)!(笑)

K. なるほどね(笑)

本当にくたくただったわ。2005年には、毎週のように出張に出ていて。

C. 病気にはならなかった?

ううん。疲れてただけ。休みなんてほとんどなかったし。

C. 忙しすぎたから国連を辞めたの(笑)?

それは違うの。国連での仕事が気に入らなくて。
彼らのアプローチややり方が好きになれず、私の情熱も冷めちゃった(笑)。

K. 具体的に言うとどんなやり方が?

あまりに駆け引きや無駄な話し合いが多くてね。

K. ちなみにどうして国連に入ったの?

好きな仕事だと思ったからね(笑)。

K. 実際、国連での仕事は大変でしたか?

大変、というよりは…力関係や駆け引きとか、人間関係とか。

K. そういうのが嫌い?

国連のシステム自体が、物事をなかなかうまくいかないようにしていると感じたの。
組織自体が大きすぎて変われないし、そこで働く人々も変わることを良しとしない。

K. なるほど。

組織内にあまりに駆け引きが溢れているし、
働く人も海外からの駐在スタッフと地元のスタッフとの間に格差があって、
私は差別的だと感じた。
例えば、お給料なんか全然違うしね。
待遇や手当、その他もろもろ全て違う。

K. そうなんや。

私は、国連の基本原則は人類を平等にすることかと思っていたけど、
そうじゃなかった。
スタッフには必要以上にお金をかけている。
大きな車や事務所、出張費とかね。
国連は貧しい人々のために現地に赴いているはずなのに、
その貧しい人々にそういったお金はまわらないのよ。
派手な会議や議論に報告書ばっかり。

K. 別なところでも聞いた話やな(笑)。

そりゃ、私も幾分手当を享受したけど…
国連での仕事は最終的に人々を助けるべきなのに、それができていない。
結局、国連で私たちがやっていたのは話合いだけ。
偉い人々が話合いをしたり学術的なことを議論したりするばかり。
そして「自分たちに何ができるか」を話し合っているのに、
実際には何も行動に移さない。

K. う~ん、どこも似たりよったりなんやね(笑)。

それで私の情熱は冷めちゃった。
人助けはもう終わり!むしろ私を助けて!(笑)

C. 国連だけじゃなくて、大きな組織ならどこでもありえることだね。

K. そして、今の仕事を始めたわけだね。ラオスで薬局を。
ラオスは大好き?

ええ。外国に住むのは好きじゃないの。
ラオスは居心地が良くて。こじんまりしているし。家もここにあるし。
飛行機に乗るのに人とケンカしなくていいし(笑)
自分の車を5分、10分も運転すれば事足りる。
ま、どのみち海外を飛び回っているんだけど。
でも、ラオスが私の家ね。

K. なるほどね。

C. けど国連から薬局経営って、また大きな変化だね。
薬や健康に興味があったの?

私の薬局は、ラオスで最初の近代的な薬局なの。
ラオスの普通の薬局って、冷房もないし、
薬を床に置いたりして、薬を保管する設備がなってないのよ。

C. えー!そうなの!?

だから薬の品質にも影響しちゃうでしょ。
あと、うちのお店は薬の他にも美容品とかも置いているの。

K. 従業員は何人?

今は二店舗あって、その中で薬剤師が9人と…全部で15人くらいかな。

K、需要ありそう!これからさらに増やしていくんやね。

Q、APU時代について

K. 大学生時代はどこに住んでましたか?

最初はAPハウス。
で、石垣…5丁目?に引っ越して1年ほど住んで、
そのあとラオス人とカンボジア人の学生とシェアを始めたの。
石垣の家は…近くに何があったか…覚えてないなぁ(笑)。

K. もう10年になるもんね(笑)。

そこの近くのバス停だとバスがなかなか来ないのよね。
で、石垣から大通りのほうに引っ越したの。
山から下りてすぐのところ。電車の駅との間あたり。

K. サークルかクラブ活動かは、何かしてた?

あんまり。
日本の楽器、えーっと、なんだっけ、
そう!お琴を習い始めて、爪も買ったんだけど。
でも、全然続かなかった(笑)

C. お琴はAPUで習ってたの?

そう、APUでやっていたのよ。でも高いよね。学生向きじゃないわ。
それもあって辞めた(笑)

C. じゃサークルとかよりは勉強に集中してたの?もしくはバイトとか?

うーん、あんまりしてないなぁ。私何してたっけ(笑)?
大学が休みに入ると、たいてい実家に戻ってた。
母が一人で住んでたからね。
でも、旅行もしたな。北海道の帯広にスキーに行ったわ。
あと広島。
東京は兄弟がいるからしょっちゅう行ってた。
あと、神戸、大阪にも友達がいるから行ったわね。
私、他のAPUの学生より年がちょっと上だったから、
友達の多くは別の大学に行ってたの。

C. なるほど。ちなみに入学したのは何歳のとき?

23歳。オーストラリアの大学に通ってからAPUに入ったから。

C. そっか、それで英語がそんなに上手なんだね。

K. ゼミは久原先生ね。専攻は?

APUには専攻っていうのはなかったよね。研究テーマは選べるけど。
APUってなんか変わった授業のカリキュラムの仕組みだったよね。
私たちは一期生だったっていうのもあって、
大学側がカリキュラムを常に調整してたし。
いっつも変更ばっかりだった。
オーストラリアとか、私が今まで勉強した大学って
研究科目は3つか4つしかなかった。
3つもあれば、もう十分って感じかな。
でもAPUだと10科目はあったわね。ちょっと多過ぎ(笑)。

K. カリキュラムに関してはみんな同じようなことを言ってるよ(笑)。
ちなみに学生時代に一番力を入れたことは?

そうね…、APハウスではみんなパーティに夢中になってたけど、
私は参加してなかったな。
で、パーティの最中にレモンが足りなくなると、
みんな私の部屋にもらいにくるの(笑)

C. 卒論のテーマは?

あれ、忘れちゃった。何書いたっけ?本当に。
MBAのコースがあったから、学年の最後のほうはそれをやってたんだけど。
参加者は私の他に3人だけ。
中国人が2人に、カンボジア人が1人。

C. んじゃ、勉強に一番力を入れてたってことになるのかな。

勉強が一番好きってわけじゃないけどね。
勉強しかやることがなかったって感じかな(笑)

K. APU時代に一番大変だったことは?

いろんな環境に慣れることかな。
例えば、カリキュラムなんかが調整のためにしょっちゅう変更になるとか、
そういうのには慣れてなかったから。

K. ならAPU時代の一番の思い出は?

日本食は大好きだった。
あと、近所のおばあさん達とたくさん友達になったな。
困ったことがないかいつも様子を見に来てくれて。
私たちがちゃんと意思疎通できていたかは微妙だけど、
でも、たくさんおしゃべりして楽しかった(笑)

C. 何歳くらいのおばあさん?

もうかなりお年のおばあさんたちよ。石垣のね。
いつも近所を散歩してるの。よく挨拶したわ。

C. いいねー。

もちろんAPUでもたくさん大事な友達ができたわ。
本当、Facebookのおかげで今でも世界中にいるみんなの近況が良くわかるし助かってる。
外国に行くときはいつも連絡をするようにしてるわ。
特にバンコクにいる友達とかね。ラオスにもみんな結構来るし。

K. 別府は好き?

物価が高いけど、いいところね。
温泉には恥ずかしいから入れなかったの。
一度友達と行ったことがあるけど、
そこでおばあさんに「脱いで!脱いで!」って言われて(笑)
入らないであきらめちゃった(笑)

C. そんな~(笑)!ちなみに別府でお気に入りの場所ってある?

APU生がみんな行くあの場所。ほら、ジョイフル!
そこで友達と過ごすのが楽しかったな。
あとは、買い物をしに大分に行ったり。

K. 仲の良かった先生っている?

久原先生はいい先生だったわ。
あと、覚えてるのはエジプト人のムスタファ先生。
会計の先生ですごく大きい人なんだけど、
学生が話を聞かないといつも机をバンバン叩くの。面白い先生。

K. そもそも、なぜAPUに入ったの?

奨学金がもらえたからね。当時、ラオスの新聞広告で奨学生募集の広告を見つけてね。 
私の年代がその奨学金プログラムの第一号で、
大学がAPU以外に選択肢がなかったの。弟のときは別の大学も選べたけどね。

C. その時すでにオーストラリアで大学を出てるけど、まだ勉強を続けたかったの?

そう。研究内容はAPUと違うけど、でもまぁ似たようなものかな。
国連に入ったら、学術的な専門スキルは特に仕事では使わなかったけど、
でも学習した内容や研究の基礎的な部分は役に立ったかな。
国連で働いて、ニュージーランドにも1年ほど留学して、また国連に戻ったの。

K. なるほどね。ちなみに日本でのAPUでの勉強は役に立った?
APUは新しい大学だし、カリキュラムにも満足いかないものがあったんやない?

そんなことないよ。
まぁ、学部レベルの研究だし、
勉強だけがすべてじゃないからね。
たくさん友達を作ったり、楽しいこともたくさんあった。
日本食も恋しい(笑)。

Q、未来について

K. APUがよりよい大学になるために何か提言があれば。

完璧な大学を作るのは難しいことだけど、カリキュラムに関しては、
APUはアジア系の大学か西洋系の大学か、その違いを理解したうえで、
どちらのモデルに沿った大学作りをしていくかを選ばなきゃいけないわね。
つまり、日本を含めたアジア系の大学は、
一般的に複数の教科を導入しているし、
西洋系の大学はより専門を極めていくことを重視している。
この2つを中途半端に混ぜたカリキュラムをつくると、
とんでもないことになっちゃうのよ。

K. なるほどね。別府市に何か提言したいことある?

別府は今でも大好きよ。ちょうど良い規模ね。
仲良くなったおばあさんも恋しいわ。

K. 別府の人で誰か思い出に残っている人はいる?

いろんな人に親切にしてもらったわ。
不動産会社のおばさんで、私たちにすごくいい部屋を見つけてくれた人がいたな。
寝室が4部屋ある、海沿いの素適な部屋で、バスも目の前に停まるの。
しかも安いの。そこに3人で住んだけど、
学生にしては十分すぎる広さだったわ。名前はすっかり忘れちゃった…
しかも、そのおばさんは、冷蔵庫とか引越しに必要なものを
買いに行くのに付き合ってくれて。
普通、不動産屋さんはそんなことしないよね?

C. しないねー。

とっても親切な人だった。
おばさんの友人をたくさん紹介してくれて、
みんなでごはんを食べにいったりもしたよ。
40代後半くらいの人だったなぁ。

K. 今後の夢や目標は?

ラオスでは、そうね、商売を始めたばかりだから、
今後もっとフランチャイズを展開させたいわ。
ビエンチャン以外にもね。今の課題は店の指針ね。
うちの薬局のコンセプトはこの国にとってまだまだ新しいものだから、
サービスマインドとかいろいろ従業員に理解してもらえるように
トレーニングに励んでいるところ。
店の展開に間に合うといいけど。
とにかくチームワークが大事だからね。

C. お店のコンセプトって具体的に何?

薬と美容。そして、それだけじゃなくて、
質の高い商品やサービス、実務をどんどん取り入れていくこと。
ラオスの伝統的な薬局では、カウンターがあって
お客はお店の中には入らずカウンター越しに薬を買うけど、
うちはお客さんにお店の中に入ってもらって、
商品を見て、お店のスタッフと相談しながら買い物ができる。
まぁ、先進国ではよくある薬局の形だけどね。

K. プライベートな夢や目標はありますか?

そうね、健康を維持したいわ。
そして仕事じゃなくて、楽しみとして旅行したい。
いろんな国に行ってみたいの。南米とかアフリカとか。

K.  APU卒業生へのメッセージをもらえますか?

私の友達でも、日本に残って働いてる人もいるし、ロンドンで働いてる人もいる。
みんな人それぞれの道を進んで、それぞれ学んでるよね。それで良いと思う(笑)。

K. では現役のAPU生に何かメッセージを。

とにかく卒業前、特に学部生の間は学生生活やその時の環境を楽しむことが大事よね。
そしてたくさん友達を作ること!
賢と千明が今ラオスに来ているように、将来どこにいるかもわからないしね。
けど、卒業すると、本当の意味で人生が始まるし、困難もたくさんある。

K. たしかにね。そう言う予測不能な未来にむかうときに
「解りあえる友人」っていうのは何よりの心強い味方だよね。
僕ら自身旅の中で、つくづく実感してるよ(笑)
インタビューは以上になります。忙しい中時間割いてくれてありがとう!

以上。

(インタビュー実施日:2011/10/30)

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2011-12-04

バンビエンからバンコクへ

バンビエンで温泉を楽しんだ私たちは、
ビエンチャンには寄らず、さっさとバンコクへ帰ることに。

出発前夜、お世話になった宿、『Saysong Guesthouse』で
ビエンチャン行きのバスチケットを買い、翌朝
ピックアップに来たトゥクトゥクでバスターミナルへ。

予定通りバスに乗り込みました。

しかし、ここでトラップが!

バスチケットは『ビエンチャン行き』となっていたため、
てっきりビエンチャンの中心部まで行ってくれるものかと思っていたら、
なぜかビエンチャン郊外のバスターミナルで全員降ろされてしまったのです。

で、ビエンチャン中心部まで行きたい人達は別のバスに乗せられたのですが、
一人20,000kip払えとのこと。

「なんですと!!?」

バンビエンからビエンチャンまでが約4時間でたしか60,000kip。
なのに、このバスターミナルから中心分まで、
たぶん1時間もかからないのに20,000kipも払えと?!!

急に不快モードの私たち。

というか、今日中にラオスを出る予定だったため、
ラオスでしか使えないラオスkipをギリギリまで使い切っていたため、
払いたくても払えないのです。

仕方なく、タイバーツでもいいか聞いたところ、タイバーツはダメだそう。

「んじゃいいわ!」

と、ややギレでバスを降り、
代わりの交通手段を探すことにしました。

とはいえ、電車の時間も気になるし、ラオスkipもほとんど残ってないので、
ビエンチャンの中心部には寄らず、
まっすぐ国境へ向かおう、ということになりました。

結局、ターミナル前で出待ちしている乗り合いのトゥクトゥクと交渉。
300バーツくらいで国境に連れて行ってもらうことに。

300バーツといえば、バンコクでは約1泊分しないくらいのお値段。

私たちからすると、これだけ払えば喜んで連れてってくれるだろう、
と思っていたのですが、ドライバーたちはなかなか首を縦に振りません。

「国境までだって?」
「遠いよなー」
「しかもタイバーツだってよ」
「めんどくせぇなぁ」
「途中乗ってくる客もいなさそうだよな」
「帰りに客がつかまるかもわかんねーし」
「おれはやだね」

と、言っていたかどうかはさだかではありませんが、
ドライバーたちが5、6人、
やる気なさそうに相談しています。

私たちとしては、これ以上は払いたくない!
でも、相手に乗せる気がない以上、交渉権はこちらにはありません。

祈る気持ちでドライバーたちのやり取りを見つめていたら、
一番年長のおじさんドライバーが、

「しょーがねーなぁ、おれがその値段で行ってやるよ」

という感じで立ち上がってくれました。

さすが年長者。
きっと他の若者ドライバーと違って家族がいるから、
稼ぎはわずかでも乗せてくれるんだ!
塵も積もれば山となる!

と、私たち勝手に解釈。

無事国境まで連れて行ってもらいました。
たしかに遠く、1時間くらいはかかったかな。



ちなみにラオスのトゥクトゥクはこんな感じ。
カンボジアのより、ちょっと乗り心地が悪いです。。

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国境からは、来た時と同じ手順で出入国。
ただ、今回は平日だったため、手数料はとられませんでした。

そして、夕方、電車出発の2時間前にはタイのノンカーイの駅へ。

事前にネットで調べていたところ、
「バンコク行きが満席になることはほとんどない」
とのコメントがあったので事前に切符を買わずに駅に行きました。

予約をしてるわけではなかったので、
ちょっとドキドキしましたが、余裕で席をゲット。
とても親切なおにーさんが対応してくれました。

電車に乗ってからも空席がちらほら。

こうして、私たちのラオス温泉旅が無事終了しました!

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2011-12-03

ラオスの宿情報(ビエンチャン&バンビエン)

ラオスではスケジュールの関係から、
たった2都市に2泊ずつ滞在したのみ。

以下2つ、ご紹介いたします。

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ビエンチャン『シリ・ゲストハウス』
(Syri Guest House)



住所:Du Puits Rd., Vientiane, Laos
TEL: 021 212 682 ‎
予約:国境から直接訪問、疲れてたので即決
滞在日:2011年10月29~30日(2泊3日)
料金:一部屋100,000kip/泊(Wベッド)
設備等:扇風機、バスタオル、ホットシャワー、石鹸、
トイレットペーパー、窓あり、ベッド固め
インターネット:不可


川沿いの中心部からちょこっと離れており、とっても静か。
テレビもないし、道路の騒音もないし、本当に静かです。
けど、荷物がなければ川のほうまで余裕で歩いて行けます。

建物は古めですが、逆にいい味出してるかも?

部屋の割にやや高めな印象かな。

ビエンチャンではここ最近物価の上昇が続いているそうで、
宿は意外と安くありません。

ネット環境がないのが痛いですが、他の宿をいくつか見たところ、
WIFIがあっても速いとは言えないようです。
(てか、かなり遅い)

ただ、ビエンチャンの安宿は高いから良い、安いから悪い、という感じではなく
同じ100,000kipでも、もっと新しくて立地がよくて清潔でWIFIも使える!
という宿がひょっこりあったりします。

以下、泊ってないけど同じような値段で
WIFIありそうでよさげだった宿↓↓↓

Mixay Paradise(Wat Mixay近く)
Mixay Guesthouse(Wat Mixay近く)
Mixok guesthouse(Setthathirath Rd.)

時間がある方は、いくつか回ってみるといいかも。

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バンビエン『Saysong Guesthouse』



住所:Ban Savang, Old Market Riverside Road, Vang Vieng
TEL: 023 511130
予約:当日歩きまわって探し、部屋を見て決定。
滞在日:2011年10月31日~11月2日(2泊3日)
料金:一部屋60,000kip/泊(Wベッド)
設備等:バスタオル、扇風機、ホットシャワー、
石鹸、テレビ、蚊帳、ベランダあり
インターネット:部屋でWifi可(超遅い)
HP:http://www.saysong-guesthouse-riverhill-bungalows.com/
(HP予約の料金はなぜか高い)


嬉しいことに、バンビエンの宿料金はビエンチャンより控えめです。

小さな町は安宿であふれてますが、オススメは川沿いかも。
私たちが泊った宿も川沿いです。

ベランダからの景色には、残念ながら
川向かいのバンガローやレストランが入ってしまいますが、
それでも、夕焼けに染まる空や、岩山の風景はとっても美しいです。

バンビエンと言えば、風光明美な景色に似合わない、
大音量の音楽やテレビの音が有名ですが、
私たちの宿ではそれほど気になりませんでした。

私たちの訪れた10月末~11月は、
昼間は暑いものの、夜はだいぶ涼しかったので(山だから?)
エアコンがなくても全く問題ありませんでした。

部屋の様子↓↓↓



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2011-12-02

世界八十八湯温泉道 第17湯 ラオス ナムケン温泉

『世界八十八湯温泉道』


これは私たちが愛し、誇りにしている別府の温泉文化そのものと、
『別府八十八湯温泉道』を世界中に広めるための取り組みです。


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温泉を求めてはるばるラオスにやってきた私たち。

ラオスには北部にいくつか温泉があるのですが、
今回は時間もそんなになかったので、ビエンチャンからもっとも近い
ナムケン温泉に行くことにしました。

近いといっても、まずは最寄りの観光地、バンビエンまで向かいます。

バンビエンはラオスの桂林と呼ばれる、風光明美な町。
ルアンパバーンとビエンチャンの間にあるので、
途中に立ち寄ってもいいですね。ビエンチャンからは所要時間、約4時間。

バンビエンでいったん一泊し、翌朝、バイク(原付)で温泉へ!

一本道なので迷うことはありませんが、ただ、遠い!
道もデコボコ。かなり疲れます。
日にも焼けます。
暗くなると大量の羽虫が、バシバシぶつかってきます。

けれど、その甲斐あって、車で向かっただけでは味わえない
達成感と感動がありました!

以下、温泉レポートをどうぞ。

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『ナムケン温泉 カシー(kashi)市ナムケン(Namkene)村』

バンビエンからバイクで約3時間。
カシーの中心部を通りすぎても、まだ着かない、まだ着かない。
どんどん山道に入っていき、いよいよ不安になって

「どうする?引き返す?」

と少々険悪なムードになってきたときに、
ナムケン温泉は現れました。



「やったー!」
「よかったー!」

と二人とも安堵の歓声。
いそいそと温泉をチェックし、
ひとまず向かいの食堂で空腹と喉の渇きを癒します。



さて、いよいよ温泉に入ろうかとしましたが、
周囲にはロッカーや更衣室はありません。

上から見るとこんな感じ↓↓↓



温泉には近所(?)の子どもが素っ裸で楽しそうに泳いでいます。
ふとその横に、ラオス人のおばちゃんが来て、温泉のそばの陰で服をささっと脱ぎ、
大きな布を巻いて入って行きました。

なるほど。

てゆーか、周囲にはそもそも人がほとんどいません。
温泉は道路から少し下がった位置にあるので、
向かいのお店からも見えません。

私たちもおばちゃんにならい、青空の下、
こそこそと風呂着に着替えました。

バイクを温泉のそばに置き、その周りに荷物や衣類も置いておきます。



いよいよ入湯。

水温は37度くらいでしょうか。
最初は「ぬるっ」と思いましたが、
じっくりつかってみると、いやはや、
なかなか暖かいではありませんか。

天気は良いし、空気も美味しいし、緑もキレイ。
そして、とっても静か。
時折、子どもの楽しそうなはしゃぎ声が聞こえるのみです。



あぁ、なんて開放感!!!

いったいどこが源泉?と思って、奥の滝に近づくと、
なんと、この滝が暖かい!
ザーザー流れる暖かい滝とは、なんだかとっても不思議です。
まさに天然の滝湯!!!




特になんの設備もないこの温泉、
流れ来るお湯は、そのまま反対側の川のほうへ垂れ流し。
贅沢ですねー。

バイクで3時間もかけてくると、
名残惜しくてなかなか出られません。

秘湯感満点の温泉でした。



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≪一般情報≫

温泉地名:ナムケン温泉(勝手に命名)
営業時間:たぶん24時間・年中無休
料金:無料
泉質:不明(単純泉?)
効能:自然の中でリラックス

アクセス:

バンビエンから北へ約75km。
ルアンパバーンへと通じる国道13号線をひたすらまっすぐ。
車なら約1時間半、バイクだと3時間近く。
道はそこそこ舗装されているものの、あまり良くない。
が、カシー地区に入ると結構スムーズ。

温泉はバンビエンからルアンパバーンへの道の途中にあるので、
ルアンパバーン行きのバスに乗って途中で降ろしてもらうのもありだと思います。
ただ帰りの足の確保は保障できません。。

旅行代理店を回ると、ドライバー付きのレンタカーを進められましたが、
少人数ではかなり割高になります。

補足:温泉のすぐ隣にいくつかバンガローがあり宿泊可(料金不明)。
Hot Spring Water Resort
Namkene Village Kasi District
020-5666382

≪評価≫

清潔さ:2
泉質:3
人情/ホスピタリティ:3
コストパフォーマンス:4
興味をそそるユニークさ:5
雰囲気:4
合計:21点/30点

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十分に満喫したら、のんびり帰路につきます。

田んぼが広がるラオスの田舎道は、本当に日本の田舎そっくり。



途中の小学校では、子どもたちが
手をブンブン振ってあいさつしてくれました。



「ハロー!」じゃなくて、
ラオ語の「サバーイディー!」なのが可愛い。

時間と体力に余裕がある方は、是非、
こちらの温泉にも立ち寄られてはいかがでしょうか?


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2011-11-30

列車にのってラオスへ バンコク―ビエンチャン

バンコクではソウルでお世話になった
カウチサーフィンカップルと合流することになっていたのですが、
残念ながら、彼らは洪水を心配して旅行をキャンセル!

思わず時間ができたので、のんびりラオスへ行くことにしました。

どちらにしても、今回は陸路でタイに入国したので、
ビザなしの私たちは15日以内にタイを出国する必要があります。

再入国したら、また15日間タイに滞在OK!

確かに、今週末(10月29日・30日)はバンコクに大量の水がくるといって
政府も超警戒態勢なので、脱バンコクするにはちょうど良かったかもね。

水害準備のために、週末の前後は公式に休日となったくらいです。
とはいえ、一般商店や交通機関は普通に動いてましたが。

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まず目指すはラオスの首都、ビエンチャン。

バンコクのホアランポーン駅から国境の町ノンカーイへ。
久々の夜行列車です。

前日に駅で切符を購入したところ、上の座席のみ空席あり。

10月28日 20:00出発 08:25着
2等車 お値段688バーツ

※切符の日時はしっかり確認しましょう!
駅員さんが間違えてることがあります!

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翌日、電車の中で食べるお弁当やお菓子を持って
はりきってホアランポーン駅へ!

始発だからか5分前出発?!

車内は満席の様子。
みんな洪水を恐れてバンコクを脱出しようとしてるのかな。

タイ国鉄は、今年の2月、マレーシアまで向かうのに乗車したのですが、
今回も前回同様、車内の売り子がぼったくってきます。

彼女たちは、タイ人用に値段の記載されたメニューと
外国人用に値段の書かれていないメニューを用意。

後でタイ人用をみると、20バーツほど上乗せして請求されました。

ヤレヤレ…

とはいえ、タイ国鉄の2等寝台はベトナムの1等に比べてとても快適。
中国の硬臥よりもいいかな。トイレがう●こであふれることないし。

特にタオルケットやシーツが清潔なのがいいですね。

下段は上段よりも値段が100~200バーツほど高い分、
スペースも1.5倍。窓から景色も見えてかなり快適です。

上段でも別に問題ないですが、クーラーの風や車内の明かりが
ガンガン入ってくるので、気になる方は下段をお勧めします。
(防寒&アイマスクで十分防げると思いますが)



上段の様子↑↑↑

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翌朝、無事ノンカーイに着いた私たち。
小さな駅ですが、駅を出たところには売店やATMがあります。



駅から国境までは徒歩20分ほどで行けるそうですが、
暑いし荷物もあるし、とても歩く気になりません。

出待ちのトゥクトゥクに乗って国境へ。
(約40バーツかな)

タイ側のイミグレを出ると、出てすぐにあるバスに乗ってラオス側のイミグレへ。
バスは1人20バーツ。
歩いて国境の橋を渡ることができますが…結構遠いです。
徒歩10~15分くらい?
先ほど同様、暑いのでパス。

ラオス側のイミグレを通ると、
休日の手数料として、一人9000kip請求されました。
平日にラオスを出国する時は払ってません。

国境には両替がありますが、ATMは無し。

国境からビエンチャンの中心部へはトゥクトゥクかタクシーか路線バスで。
トゥクトゥクとタクシーはイミグレを出たところで待機してます。

バス停は、イミグレを出てまっすぐ50mほど進んだところ。
たしか、バスのマークが出てました。
バス停の後ろには小さな商店があり、コーラとか買えます。



ここを背に直進したらバス停あり↑↑↑

一番安いのは路線バスでタラートサオまで行き(5000kip)、
そこからトゥクトゥクに乗ることですが、
今回はバスがなかなか来なかったので、
バス停で客待ちをしていたトゥクトゥクに乗ることに。

宿付近まで連れてってもらって一人50バーツ。

宿の予約はしてませんでしたが、とりあえず
同乗したイギリス人のジェームスさんオススメの安宿
『Syri Guesthouse』へ行くことにしました。

ちなみに、国境ではタイバーツとラオスkip両方使えます。
タイ語も通じるようです。

タイ語を操るジェームスさんは、私たちと同じ距離を20バーツで突破してました。
トゥクトゥクの兄ちゃんも「ショウガナイナー」という顔。
つわものだ。


以上、バンコクからビエンチャンまで移動情報でした!
タイに来て時間がある人は、ついでにラオスにも足を踏み入れてみては?

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2011-11-26

「日本の田園風景を守ること、その本当の意味。」 日本考@ラオス

今回のラオス滞在を通じて、
日本の田園風景などの、いわゆる田舎が持つ魅力が
実は世界の人々にも通用するものだと実感した。

その日本の田園風景について少し考えてみたい。

そもそも田舎の風景は
その風土特有の条件の上に成立している。

山や川の位置、海からの距離、標高、
風や、日当たりなどあらゆる気候条件に基づき、
その土地で取れる食物や素材が決まる。

その気候条件や食物や素材に基づき、
衣食住の型式が決まり、その土地にのみ最適で、
且つときにその土地にしか成立しえない特色を有する。

私達は、それら特色をその風土に上に現れた
建築物や食文化、農の営み、祭りや儀礼、方言などから知ることが出来る。

世界中に、全く同一条件の気候・風土の土地が存在しなければ、
各風土に出現した文化はそれぞれ世界で唯一のものとなる。

そして、全く同一条件の気候風土などおそらく存在しないので、
各風土に出現した文化はそれぞれ世界で唯一のものだと思う。

そして、これらの各風土の特色は
まさに私たちの祖先が自然と寄り添って生きる中で、
育まれ、洗練され、護られてきた。

つまり、
いま日本の田舎が持つ各地の風土の魅力は、
自然と寄り添う生き方をしている農業や漁業などの担い手が護ってきたものなのである。


さて、話は変わるが、
あなたにとって「日本」とは何だろうか?

私達が「日本人」であるとして、
それは一体何によるものだろうか?

中国人でもなく、
アメリカ人でもない、
だから日本人なのだろうか?

あるいは日本語を話すから日本人なのだろうか?

そのことを思索してみたとき、
私個人としては、私自身が「日本人」で在りたいと思う理由は、
ずばり日本の風土の美しさに求められる事に気がついた。

日本の美しい風土そのものと、
この風土が生み出すもの(建築・文学・儀礼・言葉・食などあらゆるもの)の美しさに惚れてしまっている。
だから、私は「日本人」でありたいと思っている。

そして私は私自身もまた、この
素晴らしい風土に育まれたモノの一つで在りたいと願っている。

実はだからこそ
私達は日本の風土、そのものの美しさを護って行かねばならないと想っている。


つまり日本の風土の美しさを護ること、
それは私達が「日本人」で在り続けるために必要不可欠なことなのだ。

過去のTPP参加是非の議論の中では、
産業としての農業が存続しえるかどうか?が大きな議論になっているが、
もっと根本的にはどうやったらこの美しい田園風景を守ることができるか?
そういった議論が行われても良いのではないだろうか?

そんな想いがよぎっております。

以上

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「ラオスで日本の田舎の、価値を知る」 観光JAPON

この旅の途中で出逢う旅人から
例外なくオススメされる国それがラオスです。

「ラオスは良いよ。」
なんどその言葉を耳にしたことか!

幸いにも、
諦めかけていたラオス行きが実現し、
バンコクから列車でビエンチャンへ。

その後さらに北上し
バンビエンという小さな町を訪れました。




そこは自然に囲まれた土地で
川沿いの宿からは、山のシルエットが眺められ
なんともゆったりとした時間が流れていました。

またその町の周辺には
のどかな田園風景が広がっており、
文字通り「心が癒される」そんな雰囲気でいっぱいでした。




そんな風景に感動し、
実際に心が洗われながらも、しかし、子どものころから、
大分県の山香町という典型的な日本の田舎で遊び育ってきた私は、
次のような想いを抱かずには居られませんでした。

「でも、これっち、日本の田舎と一緒やねぇ!??」

そうなんです。
世界中の多くの旅人を魅了してやまないラオス。
この国の持っている最大の魅力は、
そのまま日本の田舎が持っている魅力と同じなのです。

土と風、その上にしっかりと立った人の営み。
そこから生まれる建築物や儀礼のユニークさ。

そういったものを世界の人々は評価しているのです。

そして何よりも面白いのが、
多くの日本人の旅人がそう感じていることです。

田舎のある私の様な人間からすれば
ラオスはごくごく当たり前の場所ですが、
多くの旅人はラオスを特別な場所と感じているようです。

それは実は、
日本人が日本の田舎の良さを知らない
ということを裏付けているのではないでしょうか?

いずれにせよ、
私達の祖父母を始め、祖先達が
耕し、育み続けてきたからこそ、
護られてきた日本の田園風景。

それを護ることが、
日本を憧れられる国にすることに直結していると考えられたら、
ワクワクしてきませんか?

以上

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