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2013-05-11

世界一周旅を終えて、今思うこと⑩ 「豊かさ」について

世界を旅していて
考えさせられたことの一つに

「豊かさ」とは何か?

という問いがありました。

みなさんは「豊かさ」って
何だと思いますか?


もちろん最低限
身につける衣服があって、ご飯が食べられて、
住む場所があるに越したことはないと思います。

しかし、そこから先の細かなことは
国や地域、文化によって異なることを
実感してきました。

同時に
何が「豊かでない」のかも人によって異なります。

そして、
結論から言えば、私は今

「豊かさ」とはそれぞれの
「心のあり方」そのものである

と感じています。



私は、今回の旅で
バングラデシュをはじめミャンマー、
ネパール、エチオピア、ウガンダなどの
国連的には「世界最貧国」と呼ばれる国々
をいくつも訪れました。


そして、
そこでたくさんの「豊かな」人々に
出逢ったのです。


たしかに、
そういった国々では、
道端で赤ん坊を抱えながら物乞いをしている母親や
やせ細った子供達が食べるためにゴミを拾い集めていたりします。

家すら無い人も大勢います。

たとえそこまで極限の状態ではなくても、
一般の多くの家庭に冷蔵庫も洗濯機も時には
テレビさえないこともしばしばです。

ですから、
経済的・物質的には
私たちと比べると

確かに「貧しい」と言えるでしょう。


しかし、
それでもなお、
私はそういった国々で
たくさんの「豊かな」人々に触れてきました。


例えば、
バングラデッシュの結婚式。
人々は私にお腹いっぱいになるまで
食事をふるまってくれ、

「美味しいだろ!?だったらもっと食べなさい(笑)!」

と言ってすすめてくれました。


また、
ミャンマーで仲良くなった姉妹は

ある時
「このペットボトルを通して太陽を見ると仏さまが見えるよ」

と言って、
キャッキャッとはしゃいぎながら、
私に見せてくれました。

そして、
ウガンダで泊めて頂いたご家族には、
自分たちが普段、豆しか食べていないにも関わらず、
私に飼っていた鶏をわざわざ絞めてから、
夕食に出してくれました。


何が言いたいかというと、
お金がないから、
あるいは物がないからと言って、
それと
彼らの心が「貧しい」かどうかとは
必ずしも直結していない

ということです。


お金がなくても、
マクドナルドに行けなくても、
テレビがなくても、


それでも彼らは

家族と過ごす時間を
大切にしていたし、

困っている人を助ける
優しさも持っていました。


私の眼には、
彼らのそんな「心の豊かさ」が強く焼き付いています。





さて、

とはいえ、
実際にたくさんの人々が飢餓状態で、
必要な医療も受けられず、明日の命もしれない状態にいる。


それは事実です。


その現状に対して、
経済的・物質的な「富」に恵まれている私たち
先進諸国の人々がなんらかの形で取り組むことは
必要不可欠だと思います。

しかし、その際に気をつけなければ
いけないことがあると感じています。

それは
「援助」の実態について知る
ということです。


私は、
今回の旅の中で、
多くの先進国のNGOや政府系組織、
そして社会起業家が「貧困国」で
活動している現場を観察してきました。


そこで、気づかされたのですが、

「現場」に深く入り込んでいる人ほど、
「援助」という言葉を使わない 

のです。


何故か?


それは、
「援助」という言葉は

そもそも自分が
「援助を施す相手よりも『幸せ』である」

という前提を
持っていないと使えない概念

だからです。

私は
そのこと自体については
良いとも悪いとも思いません。


しかし、
その考え方はときに
「価値観の強要」を伴う可能性があるのです。


以下は、
ベトナムで聞いた話。
ベトナムの孤児院に出資していた
フランスのNPOのスタッフがあるとき、
視察に来て驚いたそうです。

なぜなら、
孤児院には子供の人数分だけの
ベットが用意されていなかったから。

ほとんどの子供は床で寝ていたのです。
院長は「必要無いから」と説明したが、
フランス人にとっては
「ベットで眠る」は刑務所の中でも守られる基本的人権の
ようなもので、それが実施されていないことを知ると、
怒りだしたそうです。

そして
「資金を贈るから、すぐにベッドを人数分用意しろ!」
と院長に「命令」しました。

後日ベッドが届きました。

全ての子供たちが眠りについた其の夜、
院長が部屋に様子を見に行くと、
ほとんどの子供が床で眠っていたそうです。

なぜならベトナムの夏の気候が暑すぎて
床で寝た方が涼しかったから。

という話。


これは笑い話ですみますが、
実際はあらゆる「援助」の現場で
これよりも深刻な「価値観の強要」が
行われていたとしたら、
笑えないのは想像できるでしょう?

とにかく問題は、

自分たちは
「豊か」で「正しい」と思い込むこみ、
相手との「違い」を
「理解」しようとしない態度

だと感じています。


だから、逆に
現地で長い間活動を続けている社会起業家など、

助けを必要としている人々のそばに
いつも寄り添っている皆さんは
「援助」という言葉をめったに使わない

のです。


なぜなら、
彼らにとって、
助けを必要としている人々は
友人であり、家族であるから。


私たちは、
親しい友人や兄弟を助ける時に
「援助」なんて言葉は使わないでしょう?



もちろん、
「援助」そのものを非難するつもりはありません。

この世界には
あまりに大勢の助けを必要としている人が居て、
その人たちを「援助」する人も大勢必要だと
実感しているからです。


大切なことは
私たちが「援助」を行うとき、

多少なりとも

「自分の方が相手よりも『豊か』だ」

考えているんだなぁってこと
自覚すること。

と同時に、

私たちが「援助」を行う
「貧しい」国の人々が持つ、
素晴らしい文化や価値観は何なのか?

彼らから
「学ぶべきこと」は何か?

をしっかりと自らに問うていくことだと

感じています。




繰り返しになりますが、


私は「世界最貧国」
多くの心「豊かな」人々に出逢いました。


家族を大切にする人々、

困っている人手助けする人々、


そう、確かに彼らは「豊か」でした、
そしてその笑顔は「幸せ」そうでもありました。

少なくとも、

平日のJR中央線の満員電車に乗っている人々よりは

何倍も。

それが、ちょっと悔しかったり、、、



そして、
そのことから、やはり

私は今

「豊かさ」とは

「持っているもの
=【have what】の比較」
から見いだすものではなく、

「心のあり方=【be what】」
そのものなのだ


と実感しているのです。



以上






 

2011-12-19

「入域料というやり方」  観光JAPON ミャンマーに学ぶ


今回訪れたミャンマー各地の観光地では
寺や観光施設で個別に入場料を取られることがあまりない。

というのも、
その地域に入る前に入域料という名目で
地域によって5ドル~10ドルを事前に納めさせられるからだ。

地域というのは大体一つ、二つの町を内包し、
かつ観光スポットが幾つか点在するくらいの結構な広さだ。

バガンの街かど、米屋の三人娘。


例えばインレー湖畔では、ニャウンシュエの町と
インレー湖畔全域が含まれていたし、
バガンでは二つの町と、4000もの仏塔が
そのエリア内に存在することになる。

入域量はおそらく
政府の収入となるのだろう。

地域住民は宿、レストラン、お土産物、ガイド、交通などを
提供することでそれぞれビジネスを行っている。

この入域料一括徴収方式。
私は当初「域内に入るだけで10ドルか。高いな~」と
少し渋っていた。

ところが、
いざ域内を歩き回ってみると、
どこに行ってもチケットを買ったりする必要が無く、
余計な気を使わなくて済むので想いのほか楽なのだ。

それにこの方式だと町や地域単位で包括的な
観光インフラ整備が行いやすいらしい。

なので旅行者が快適に町で過ごすために
最低限且つ共通のインフラは的確な場所に揃っている。

その上で、アクティヴィティの中身に関しては
民間(といっても個人事業主)に自由競争をさせるのである。

そして、
私が感じたこの方式の最大の利点は
それぞれの観光スポットが特徴を発揮できる事だと思う。

例えば、
ある街を訪れた観光客が

「いろいろ見る所はあるけど、最低ココにだけ行けばあとは行かなくて大丈夫」

と感想を持つことがしばしばあるが、
それを

「あの街はあれも、これも、みんなオススメ」

と思えるようにしてなる、ということだ。

そのためには
隣接するお互いの観光スポットが
ただ競争だけを行っていては利益相反だけが浮き上がるし、
ましてや全体としての満足度という視点はなかなか持ちずらい。

そこに、
今回紹介した地域全体としての入域料のような仕組みが
あれば効果的に、観光スポットそれぞれの独自性を高めると同時に
観光地全体としての満足度を高める事ができるのではないかと感じた。

もちろん、
これは入域量というやり方に限らない。

例えば別府で行われている別府八十八湯温泉道は
その一つの形態だと思う。

温泉本やスパポートを購入することに、
別府への入域料を払うことと同じ意味がある。

とにかく、これまで観光地ではしばしば点同士で競っていたが、
これからの観光、特に国際観光という分野においては
点でなく、線、そして面で楽しませることが必要不可欠。

さらに、それらを文字通り織り重ねることで、
空間的・時間的に重層した観光体験を提供する。

そうすることで初めて
「あの町に、また訪れたい。」と言われるような
真の魅力を育て上げる事が出来ると感じている。

以上


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2011-12-15

「幸せって、なんだっけ?」 日本考 ミャンマー旅で感じたこと。

ミャンマーで感じたこと。
なんてったって、男たちの顔が良い!

みんな何かしらの仕事を真面目にやっているから、
締まった表情で、良い目をしている。

大部分の女性たちは
基本的にお酒やたばこを口にしない。
敬謙な仏教徒としての一面がまだ残されている。

正直、私の触れた人々は
いまのまんまでとっても幸せそうだ。

冷蔵庫も、洗濯機も無い暮らしをしてるけどね。


一方で、
そんなことはお構いなしに資本主義世界は
あらゆる分野から消費文化をこの国に持ち込もうとしている。

もちろん、
多くの人達は、
いまよりもっと便利になる生活を望んでいるかもしれないし、
もっとキレイな服も着たいかも知れないし、
キレイな家に住んで、楽をしたいと思っているかもしれない。

けれど、私はそれ(物質的な豊かさを手に入れる)が達成されることと
精神的に幸せになれるのかは、やはり別問題だと実感している。


「暮らしを楽にすることが豊かになるということ。」

「欲しいものを与えてあげる事は、善。」

一見ごもっともだが、本当にそうなのか?
あるいは其処には限度は存在しないのか?

と疑問を感じずには居られない。

多分、今後10年もしないうちに
ミャンマーはもっと(物質的には)豊かになるだろう、

電力供給は安定し、
各家庭に家電は普及し、
食文化もバラエティ豊富になり、
洋服を着る人も増えるだろうし、
良い車に乗る人も増えるだろう。

私たち日本人も既にそれらを手に入れていて、日夜その恩恵に与っている。
その便利さや、心地よさからは抜け出すことは難しいだろうと思うし、
必ずしもその必要があるわけでもない。

けれど、
だから「幸せ」ってことにはならない気がする。


そう考えると、
いま既にミャンマーの人々が、あんなに良い笑顔で人に接し、
家族を思いやり、美味しそうにご飯を食べているのに、

あの人達にこれ以上何が必要なんだろうか?

と想わずにはいられないのです。

ど同時に
日本の今を振り返ってみるのでした。

以上

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2011-12-08

最幸の国 ミャンマー

あっという間の二週間。
気がつけばヤンゴンも最終日。

この間日本大使館でパスポートの増補40ページ(18円)や、
APU卒業生インタビューなどを済ませました。

空港までは8ドルでタクシーで移動。
改めて見てみるとミャンマーの空港は立派です。

今回のミャンマー滞在は本当に学ぶことが多かった。

何より、
日本のニュースやなんかから得られる情報とは
全く違うイメージを持てたことは大きかったと思います。

来る前は
ミャンマー=軍政、なんとなく危ない国、めんどくさそう。

来てからは
ミャンマー=人がとびきり親切で素敵、インド文化と東アジア文化の混合する国、
是非もう一回来たい。

に変わりました。

同時に感じたのはこの国は、
急速に変化を遂げつつあるということです。

まるで、これまでの鬱憤を晴らすような感じで、
一気に扉を開きはじめている、そんな雰囲気を感じました。

それが果たして良い変化なのかはわかりません。

少なくとも、私が今回訪れ目の当たりにしたミャンマーの人々は
アジアのどの国よりも幸せそうに映りました。

本当にこの人達が物質的な豊かさを手に入れることで
今より幸せになるんだろうか?

そんな疑問を持っているのもまた事実です。
それに関しては別項でまとめます。

とにかく、そんな充実しまくった
ミャンマー滞在を終え、

私は一路“苛立ちの国”タイへと戻るのでした。

ミャンマー滞在中の
全ての出逢いに感謝しながら、、、。

以上


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「ミャンマーバスの奇跡」

バガンからヤンゴンへは夜行バスでズバッと行けます。

道も高速道路並みで夕方6時ごろ出て、
ヤンゴンのバスターミナルに翌朝4時半ごろ着きます。

実は、この時私には重大なミッションがあったのです。

それは、、、


「靴を探すこと!」

さかのぼること一週間前
最初にヤンゴンからシュエニャウンへ向かうバスで
私は預けていた靴を受け取り忘れていたのでした。

それから約一週間、
バス会社名もわからず
何の連絡もしていなかったし、
正直諦めていたんだけど、

これまで見てきた
ミャンマーの人達の人の良さに
かすかな望みを抱いて
念のため一週間前にバスが発車したバス会社のオフィスを訪ねてみたのです。
(ちなみにこのターミナルには100軒近くのバスオフィスがある)

「すみません。前に靴を忘れちゃったんですけど?」

とカウンターの青年に訪ねてみると、
部屋の奥の方をごそごそ探してくれますが、

「無いですね。」といった表情。

その後も何やらいろいろ調べてくれて、

「どのバスに乗ったか?いつ乗ったか?」

などを丁寧に聞いて、乗客名簿をさかのぼって調べてくれます。
そのうち

「これは貴方のサインですか?」と

乗車時にサインした紙を見せられ

「そうです」

と答えると、急に自転車にのって
すっ飛んでどこかへ行ってしまいました。


待つこと、五分。

オフィスの前に着くと
青年は自転車のかごに入っているビニール袋を掲げて、

「あったよ。これでしょ?」と一声。

すぐに駆け寄って、
中身を確認すると間違いなく僕の靴です。
思わず鳥肌がブルっときましたね。

「あぁ、これや~!!ありがとう!!
つーか、すげぇなミャンマー!!!」

と何度も叫びながら
お礼を伝えました。



この感動アジアを旅したことが無い人には
ちょっと解らないかもしれません。

普通忘れ物、落し物って出てこないんです。
それなのにミャンマーではそれが出てきたんです。

ミャンマーという国が如何に
勤勉で誠実な人達によって成り立っているかが
御想像いただけるのではないでしょうか。

PS
この間、私にずっと付き合って下さった
山中ご夫妻にも感謝しております!!
ありがとうございました。

以上


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「バガンの宿とオススメカフェ」 2011,11,24

バガンの宿は
ゴールデンミャンマーゲストハウス
一泊8ドルで朝食付き、
三泊ともシングルが空いてないからという理由で
ベットが三つある部屋に泊めてもらいました。

それなりに清潔、壁は薄い。
テラスで食べる朝食が気持ちいい☆

また、この宿からマーケットと逆方向に進んで行くと、


こんな喫茶店があります。


ここはのんびり出来て良いですよ。
家族経営でお兄ちゃんと姉妹がお店番をしています。


特にこの姉妹がなんとも明るい人柄で、
片言の英語もしゃべれるのですぐに打ち解けました。

この姉妹のおかげで
人生はつのマニュキアを塗ることになった私です。

ミルクティは一杯150チャット(約15円)
何は無くとも、ずっと居れる場所なので、
バガン観光に疲れたら是非こちらで一休みしてみてください☆

以上

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「生きてるうちに一度は行きたい バガン その夕焼け」

ラーショからのバスで訪れた街マンダレーは経由地として利用、
観光などは何もせず翌日午後の便でバガンへ向かいます。

バスの時刻が限られており、
バガン到着は深夜になることが予想されます。

かならずバガンでの宿を事前に予約して行きましょう。
(ついたころは街中も本当に真っ暗です。)

私は予約していた宿の場所を訪ねて歩きながら、
なんとか見つけてベットに転がり込みました。

さて翌朝から
バガンの街を自転車で巡ります。

バガンは広いですが、
自転車でも十分にまわることが出来ます。
ほかにも馬車やタクシーなどいろいろ手段はあります。



いわゆる町から離れて遺跡群を巡るんですが、
これは同じようなお寺を立て続けに眺める事になるので、
あまり面白いとは思いませんでした。

しかし、所々で出逢う人々が、とても温かい。
それが嬉しくて飽きずに自転車で走りつづけました。



そして、夕方待ちかねの夕焼けの時間です。
途中で出くわしたドイツ人の友達(インレー湖からのバスで一緒だった)に

「夕焼けを見るなら、有名なとこや無くてコッチやで!」

と教えて穴場スポットを教えてもらっていたので、
その遺跡を訪ねてみました。

確かに穴場、
団体客は全員、有名ななんとかパゴダの方に行くので、
こちらには来ません。

多くても20名ちょっとだったと思います。
ここからの景色はさすがに抜群。



乾季ということで空気も静かだったので、
より眺めも良かったのかもしれません。

結局、ここには二日間夕焼けを見るためだけに訪れました。

ここは地球上で是非一度訪れて欲しい
場所の一つに挙げたいと思います。
(→奥さんへ、今度は家族で来ましょうね。)

ちなみに、
この遺跡では
数人の子どもたちが
自作のポストカードを売ってたりします。

みんな小学生ぐらいの年頃。

商売は結構グイグイ来ますが、
買ってもらえても、
買ってもらえなくても、
夕日が沈むころには
ワイワイ楽しそうにみんなで帰って行きます。
その表情がなんとも言えず幸せそうなんです。

という訳で、
世界屈指の夕焼けスポット情報でした。

以上


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「32時間バスの旅、インレー湖からマンダレー、ラーショ、再びマンダレーへ」

インレー湖畔の街ニャウンシュエからは
まずシュエニャウンという街道沿いに出て、
そこから長距離バスでマンダレーへ向かいます。

マンダレー到着は10時間後の朝の4時半。

私は少し悩んだ挙句、
無理をしてマンダレーからそのまま
北東の街、ラーショ、ティーボの温泉へと向かうことにしました。

到着した南バスターミナルから
別の東バスターミナルへバイタクで移動(2500チャット)
そこから今度は5時半発ラーショ行きに乗り込みました。


車窓に見事な花畑を見ながら、山道を進むこと約8時間



ラーショに到着するなりバスの前には客引きの群れが、
その中の少し純朴そうな青年に声をかけて
温泉まで連れて行ってもらうことにしました。

温泉の事は次回。

さて温泉に入ったところ午後4時。
ティーボへのバスは5時半に出るとのこと。

「ここはもう一発移動しとくか!」

と調子に乗って、
ティーボ経由マンダレー行きのバスに乗り込みました。

これが不味かった。

バスは順調に出発したものの
走ること3時間経ってもなかなかティーボに着きません。

「なんかおかしいな~、まだかなティーボ。」

「もう着いてもいいのにな~」

「外真っ暗やな~」

「ここやないんかな~」

とか思ってうちに、
バスはとある休憩所へ到着、時間は夜11時。

恐る恐る、乗客の一人に
「ティーボはまだですか?」と聞いてみると

「ティーボは過ぎたよ。」とのこと。

なんと、事前に「ティーボについたら教えてね」とお願いしていた
車掌のお兄ちゃんが、私を下すのを忘れてしまったです。


「しまった~!温泉に行けない!!」と思いつつも

「いま事を大きくしたら、ここで放り出されるか、
マンダレーまでの運賃を要求されるに違いない。」

と考えた私は、沈黙。

その後もバスはずんずんと南西に向けて
突き進みました。

「まぁ、これでマンダレーにつけば
それはそれでいっか~」と思ってい出したころ。

午前三時、
真っ暗な山道の中で、
完全にバスが停止しました。

「ん?なんで?」

プチパニックに陥った私は
運転手に詰め寄ります。

なんで、こんなとこで止まるんだ?
「マンダレーには行かないのか?」と英語できくと、

困った表情で

「マンダレーなんちゃらかんちゃら。」と繰り返すばかり、

何を聞いても

「マンダレーなんちゃらかんちゃら」

そのうち、私には

「マンダレーなんちゃらかんちゃら」が

「マンダレーはもう過ぎましたよ。」に聞こえてきたのです!


かなり動揺。外は完全な闇。

しかし
「もう、ジタバタしてもしょうがない。流れに身を任せるしかない。」
そう開き直って、再び車内で寝る事にしたのでした。

そして3時間後
明るくなってきた頃にバスは動き始め、
なぜか元来た道を戻りだしましたが、
約二時間後にマンダレーのバスターミナルへと到着したのでした。

あぁ~よかった。

この二日間(48h)のうち
バスの乗車時間、のべ32時間。

マンダレーの宿では
ただひたすら眠りつづけましたとさ。

以上


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「きっと世界遺産候補、オススメ!!インレー湖」

本来インレー湖に来る人は
インレー湖ボートツアーを楽しみにしているのです。

そんな事をしらない私は
温泉に入ったことで満足し、
宿でのんびりしていると

宿の御主人が
「ボートツアーにはいつ行くの?」と聞いてきました。

「え?行くつもりないけど?」

「え?行かないの?ダメだよ。行かないと。何しにきたの?」

「でもお金そんなに無いよ。」

「はやく言ってくれれば、
だれかと一緒にいかせてやれたのにな。わかったちょっと待ってな。」

てな感じのやり取りの結果、

御主人が
15000チャット(約1500円)のボートツアーを
一人乗りで12000チャット(1200円)まで
交渉をしてくれました。

「特に今日はちょうど一年に一度、
1000人の坊さんが、とある湖沿いの僧坊に集まる日なんだ。
だから是非見てもらいたいんだよ。」

と御主人の親切に応えるべく
一人貸し切りボートツアーへと繰り出すことになりました。

結論から申し上げますと、、、、


激しくオススメです!!

たぶんインレー湖はそのうち世界遺産になるんじゃないですかね?
(もうそうなのかな?)それくらいの感動があります。










てな感じで、
たっぷりボートツアーを楽しんで、
この日の夕方再びシュエニャウンからバスに乗り
マンダレーへと向かったのでした。

それが過去最大の地獄の長距離移動となるとも知らずに、、、、。


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「インレー湖畔の温泉でやっちまった話」 世界八十八湯温泉道 インレー湖畔の温泉

世界八十八湯温泉道
今回はミャンマーインレー湖畔の温泉です。

ニャウンシュエの街から
自転車(一日1000チャット約100円)を借りて
のどかな道のりを一時間ほど進んでいきます。


この道をサイクリングするだけでも、
とっても気持ち良いのでオススメ!

辿りついた温泉はこちら




詳しい話は別途ご紹介したいと思いますが、
ここは日本の田舎の露天風呂といった感じです。



先客はドイツ人が一人、
私と同時に地元っ子らしいお兄さんも入ってきました。

脱衣所で、
服を脱いでいると

裸ではいるのか?水着で入るのか?がわからないことに気がつきました。

すでに浴槽に浸かっている
ドイツ人男性の下半身をじっとみると
どうも何も履いていないような感じ。

念のため
目の前で着替えているミャンマー人で
ジェスチャーで「裸?or水着?」を聞いてみると、
どうも「裸で良い」とのこと。

久しぶりに
この開放的なお湯に日本式で挑まめる!!

そう思って、
裸で湯船へ!

まるで秋晴の午後、
いちのいで会館のお風呂に入るような開放感!!

「ひぇ~たまらんぜ!」
と多分声に出して言っていたと思います。

ところが、
その数分後、
ミャンマー人のお兄ちゃんがしっかり
上下服を来て浴槽に浸かりはじめました。

「あれ?」

すると、今度は
件のドイツ人男性が浴槽から立ち上がる!
そこには立派な黒のブーメラン海パンが!!

「えぇ!」

と公開したのもつかの間
いまさら隠れるわけにもいかないので、
堂々とそのまま浸かり続けたのでした。

帰り際、休憩室であった
ドイツ人男性からの視線がすこし冷たかったのが印象的です。

以上

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「一度は行きたいシュエダゴンパゴダ」 2011,11,16

ミャンマーに来たら、
というよりチャンスがあれば人生で一度は訪れてもいい場所かもしれない。

そう思うのが、
このシュエダゴンパゴダです。

僕は夕方
宿のあるスレーパヤーから徒歩で50分かけて歩いて行きましたが、
実際には43番のバスが50チャット(5円)であります。

着いたころは丁度夕暮れ時。

正直興味が無かったので、
最初は入ることを躊躇ったのですが、
入口付近のお姉さんの応対がさわやかだったので、
「休憩がてらに入るか」と5ドルを支払い寺院の中へ。

入ってビックリ!



この圧倒的な存在感は
残念ながら写真では伝わりません。

是非訪れてたしかめてください☆

以上


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「ヤンゴンの宿や食べ物」 2011,11,15

ヤンゴン二日目
とにかくまずは安い部屋に移らねば!

ということで、
とりあえず安宿が集まるという
スーレーパヤー周辺に徒歩で向かいます。



一軒目に入った
ガーデンゲストハウスで
シングル一泊8ドルで即決め!

ミャンマーの宿には
ほとんどドミトリーはなく

例え節約一人旅でも
シングルかツインのトイレ、シャワー付き部屋に
宿泊することになります。

ここに限らず
ミャンマーの宿は大抵どこも
それなりにキレイです。
あと、たいてい朝飯こみです。

さて宿泊した
ガーデンホテルの周りはインド人街。



活気に溢れているし、
ぶらぶら歩いても飽きません。
だれもかれも明るく、
眼が合うと笑顔を返してくれます。

軍政下のミャンマーなんて聞いてたから、
ぎすぎすしてたらどうしようと思っていたけど、

とんでもない!!

東南アジアでも
カンボジア、マレーシア級の人の良さです!

ちなみに食事は宿まえの屋台で
魚カレー(600チャット)




を頂きましたが、これが美味しい!

どうやらミャンマーの食事は
僕の口にあっている様です。

あぁ良かった☆

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「バンコクからミャンマーへ」 ヤンゴン空港情報 2011,11,14

奥様と別れて、
一路ミャンマーへ

AirAsiaを利用して飛びました。

初のAirAsia利用でしたが、
サービスも良く大変快適でしたよ。

ヤンゴンへのフライトは約一時間ちょっと。
いよいよ不安いっぱいのミャンマー入国です。

到着したヤンゴンの空港は想像以上に綺麗で、
イミグレもすんなりと通ることができました。

ヤンゴン一泊目のホテル
ビューティーランドから送迎が来ており、
そのタクシーに乗ってダウンタウンへ。

タクシー料金は5ドル
混んでいるせいかホテルまでは約60分かかりました。

この時、
同じタクシーに乗り合わせた
スペイン人のモニカとカルロスと仲良くなり、
その後インレー湖畔行きのバスまで
度々行動を共にします。


乾季のこの時期は
ミャンマー観光のハイシーズンとのこと
安い部屋は空いておらず
ツインの部屋(16$)に止まることになりました。

宿は評判通り、綺麗でサービスも良いです。
不安なヤンゴン一泊目にはもってこいかもしれません。

以上


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2011-11-27

「ミャンマーの人々は心の豊かな日々を送ろうとしている?」 世界達人列伝 ミャンマー殴られた痕のある男

ミャンマー二日目、私はヤンゴンに滞在していた。

午前中に駅近くのバスチケット売り場に行き、
翌日のバスチケットを予約した。

どこのバス会社も
陽気なスタッフばかりで、
私がチケットを購入した会社には
控えめな少年と、六ヶ国語が話せるお兄さん。
そして顔に誰かに殴られた後のあるおじさんがいた。

「お前は日本人か?」
「ミャンマーは良いところだろう?」
など次から次にお節介な感じで話かけてくるが、
悪い感じもなく、終始楽しく何事も無くバスチケットの予約は済んだ。

翌日そのチケットオフィスの前に再び集合し、
ピックアップをしてもらうことも確認し、
そのオフィスを離れた。

それから半日、
市内観光を済ませた私は、
一人で晩御飯を食べる食堂を探すために
街中をぶらついていた。

すると、
道端で突然
サングラスをかけた現地人っぽいおっさんから、

「ヘイ、ジャパニーズ!」

と声をかけられた。

「無視、無視」

と脇目も振らずに先に進んだが、

「俺だよ、おれ、昼間チケット買いに来たじゃないか!」

と言いだした。

振り返ると、
昼間チケットオフィスにいた顔に殴られた跡のあるおじさんだ。

「なんや、おっちゃんか」

「そうや、無視するなんてひどいやないか!」

とか、なんとか言いながら、挨拶をすませる。

「じゃ、オレ行くから」

と言うと

「どこに行くんだ?俺が連れってってやる」

ときた。
見たところ、おっちゃんは既に飲んだ後のようで、
アルコールのにおいもプンプンしていた。

「(めんどくせぇ事になりそうやな。)」
と感じた私は

「いや、でも友達と約束だから」

と断り文句を言ってみたが

「ノープロブレムだ。上手い中華の店があるんだ。
おれが案内してやるよ!」

と言って聞かず、
私を先導するようにおっちゃんが歩きだした。



「しょうがねぇな~」

と思いながらも、
まぁ悪い人ではなさそうだし、
付いていくことにした私。

しばらく歩くと、
市場の側で大勢に人々が、
お坊さんの説話を熱心に聴いている会場に遭遇した。
するとおっちゃんが、

「おい、お前、これ何をしているか知ってるか?」

「いや知らない。何やってんの?」

「いいか、ミャンマー人は熱心な仏教徒なんだ。
俺達はここで偉いお坊さんの話をきいて
将来の幸せを得るんだ。」

とかなんとか、熱心に語ってくれるおっちゃん。
は次の瞬間、

「そうだ!俺について来い!
あの偉いお坊さんの写真を撮らせてやる!」

「はっ?いいよ。時間無いし行くよ。」

「何を言ってるんだ。
これはミャンマーのことを知る絶好のチャンスなんだぞ!
写真だけじゃなく、ビデオも撮れるように準備しておけ!」

いや~やっぱり面倒くさいことになってきたな。
と思いながらも、おっちゃんの強引さと多少の興味も手伝って、
その説法会場に近づいた。

ざっと見たころ
500人以上が、
野外の会場にゴザを強いて
本当に熱心にお坊さんのお話に耳を傾けている。

その会場の囲いの外で
おっちゃんが

「こっちに来い!ここだここからお坊さんの写真がとれる!」
「こっちからはビデオを撮るんだ!

とかとにかく大きな声で私に指示を出す。
その声の大きさに会場内の人々が
ムッとした顔でこちらを睨む。

「わかった、言うとおりにするから
もう少し静かに喋ってくれ!」

おっちゃんに訴えながら、
言われるがままにビデオと写真を納めた。

これで終わりか。
と思ったが、さらに、おっちゃん

「そうだ!お前を会場の中に入れるように頼んでやる!」

「いや、マジでやめて、もう時間無いから。
友達まってるから!」

「いや、いいんだ同じ仏教徒じゃないか
きっと解ってもらえる」

「いや、解ってもらえなくていいから!!!」

と訴えるも、
おっちゃんは聞かず、
会場入り口に立っている
警備員や若いお坊さん達に

「こいつは日本から来た仏教徒なんだ。
お願いだから会場に入れてやってくれ!」

とか言って、
押し問答を始めた。

「(あぁ、頼むから断ってくれ警備員さん!!)」

そう思ってやりとりを見ていたが、
親切で熱心な仏教徒のミャンマー人警備員さんは

「わかった、ここからそっと入らせてあげるから
写真を撮ったら戻ってくるんだぞ」

と言いだした。

もう、なるようになれ。

そう開き直った私は
若いお坊さんに案内されるがまま、
会場の最前列に連れて行かれ、
そこから説法中の偉いお坊さんの写真を
パチリと撮らせて頂いた。
(だれなんだ、この坊さん!)

しかし、
それを済ませて
会場後方へ戻る最中、
ミャンマーの人々の熱心な表情をみるにつれて、

「本当に人の素敵な国だな」

と改めて、この国を訪れたことを嬉しく感じた。
そして会場入り口に戻ると、
おっちゃんもゴザに座ってお坊さんの話を聞いていた、

「ここに座りなさい、
いいか、ミャンマーの人々は争いを好まない。
みな幸せな将来のために、今日出来る事を大事にしてるんだ。
お金や家や財産の話じゃないぞ。
どんあ状況でもミャンマーの仏教徒は、
心の豊かな日々を送ろうとしているんだ。」

おっちゃんのその話を聞きながら、

「(面倒くさいなんて思っていたけど、
本当に良い経験ができたよ。有難うおっちゃん」

という想いがジワジワと沸いたところで、
私達は会場を後にした。

しばらく歩くと、
おっちゃんが

「じゃ、お前はあっち、おれはこっちだから
ここでサヨナラだ。」

「そうか、おっちゃん、
今日は何かとありがとうな。」

「いや、いいんだ。
それより聞いてくれ、俺の家はココから歩いて一時間の所にあるんだ。」

「うん。」

「だから、帰るのに少しお金が必要なんだが、
いくらかチップをくれないか?」

「ん?」

「いや、だから、いくらでもいいから、少し金をくれないか?」

「は?なんで?」

「いや、いろいろ案内してやったじゃないか?」

「、、、、、、!!、結局、カネかい!!!」

驚きのあまり、
エセ関西弁で何度も「なんでやねん!」と叫んでしまった私。

おっちゃんはしつこく

「少しでいいから。」

と訴えてくるので、

「そんな筋合い無いわ!」

と一喝して、そのまま背中を向けて
おっちゃんから離れた。

どんな敬虔な仏教徒も
カネが無いと生きていけない世の中
という話(?)

以上


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