2011-02-28

APU卒業生インタビュー② ブディさん&シンディー@シンガポール

お待たせしました。
(一部コアな)APU関係者から大きな反響のあった
世界APU卒業生インタビューの第二弾です。

今回、御紹介するのはシンガポールでお会いした御二人
ブディさんとシンディーさんです。

<当日の写真>



≪簡単なプロフィール≫


Facebookプロフィール写真より

『ブディ』
出身 :インドネシア人のお母様と日本人のお父様の間に生まれた、こてこての関西人(奈良)。
学部 :APS
時期 :2001年入学
在学中は特定のサークル活動には深く関わらなかったとのこと。
(ただし、個人的には様々なイベントで、司会など勤めているのをお見かけした覚えがあります。)
現在はシンガポールでNTLという日本の物流会社の現地法人にお勤めです。

Facebookプロフィールより

『シンディー 』
出身 :シンガポール (中華系)
学部 :APS
時期 :2004年の春セメスターの間、交換留学でAPUへ
APU在学中は主に女子バレーボール部で活動とのことです。
現在はRenesas Electronics Singaporeにお勤めになっています。
(御存じのとおり日本を代表する半導体業界トップカンパニーですね。)

さて、そんなお二人とは
2011年2月28日 シンガポールのタンジョンパガー駅でお会いしました。
この日は月曜日でお二人とも仕事でお疲れのところにも関わらず、時間をとって下さいました。
簡単な挨拶をすませ、チャイナタウンまで徒歩にて移動。

その途中で、私達はお二人の洗練された姿を後ろから見ながら、
「やっぱり、出来る女ってのはオーラがあるね」
「私、こんな恰好で恥ずかしい」
などと話しておりました。

到着したのは素敵な雰囲気のチャイナタウンの一角。
美味しい料理を楽しみながら、インタビューを行いました。

今回のインタビューも想像以上に大きな気づきを与えてくれるものとなりました。

それでは以下、その内容をご紹介します。

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Q. お二人がAPUに来たきっかけは?

ブディ「私はインドネシアと日本のハーフとして生まれ、小学校5年生から高校3年生まで日本で普通に学校に通っていたのね。長い間ずっと、ハーフである自分のアイデンティティについて悩んでいた。」
そんな彼女が大学を選ぶ時、国内にいながら視野を広げるにはどうすればいいかをポイントに考え、その結果、開学したばかりのAPUを選んだそうです。

シンディー「私の場合はとにかく交換留学で日本に行ってみたかったんです。けど、当時はまだ、そういった際の受け皿としてはAPUしか無かったんですよね(笑) 当時は別府がどこかすら知りませんでした。」
「なるほど(笑)」

Q. 学生のころはどこに住んでいましたか?

ブディ「APハウス→若草→石垣」「最初はインドネシア人とシェアをしていたけど、私の感覚はむしろ日本人だから、食事やお祈りなど、習慣の違いに戸惑うことが多く引っ越した。私は辛い食べ物がだめなの!(笑)」「石垣では日系ブラジル人のハーフ、日本人、台湾人と一緒に住んでた」

シンディ「私はAPハウスに住んでました。最初にAPハウスにいったときは、え?私こんなところに住むの!って驚きました☆」

ブディ「私も初めてAPUに来た時は、『やってしまった!』と思ったよ(笑)」

Q. 学生時代のおもな活動は?

ブディ「特定のサークルには入らなかったけど、ピンチヒッターでいろいろ頼まれることが多かった。特に司会!運動会やラスティングライト、マレーシア・インドネシアウィークとかね。日本語と英語両方できるから、使い勝手がよかったんでしょ!別府ダンスフェスタ(ドリームバル)にも出場したわね」
「ゼミは三好先生のゼミに入ってたけど、卒論は書かなかった」

シンディ「4か月間だけだったけど、バレー部での活動と、あとは日本語の勉強をすごく頑張りました」

Q. 別府とのかかわりについて。バイトはしてた?

ブディ「バイトはたくさんやった。大使館の観光イベントや通訳、文化食堂、カフェのバリスタ、英語の家庭教師、AUショップでも働いてたのよ」

シンディー「私は期間が限られていたからしませんでしたね」

Q. 別府は好きですか?特に好きな場所や、友達になった人などいますか?

ブディ「好きか嫌いかについてはノー・コメント。そもそも、希望した大学が偶然別府にあっただけだし、特別な感情を抱かない割り切った関係でいようとも思っていた。別府に来た時、私は中身は普通の日本の女子高生だったけど、外見がインドネシア人だから、じろじろ見られた印象がある。別府は基本的に閉鎖的だと思うけど、卒業までの4年間を通してみると、ワールドカップもあったし、少しトゲがとれた感じはする。」

Ken 「別府の人も開学から4年間ぐらい経つと、異文化や外国人に少し慣れた感じがありましたね」

シンディ「私は別府が好きです。滞在期間が短かったせいかもしれませんね。海もあるし、スパ・ビーチでバレーもできるし」

ブディ「亀川の丘の上にあるコーヒーショップは好き。そこに行くまでの桜並木がとてもきれい。店に入ると店の床に桜の花びらが散ってたりして。私が店に行ったとき、その店がすごく忙しそうだったから、私手伝ったのね。そしたら自分のコーヒー代を払わずにすんじゃった!」

Ken「前回のインタビューでも同じ桜並木の話があったんですよ。おもしろいね。」

Q. 学生時代に一番力を注いだことは?それが今仕事に影響を与えていますか?

ブディ「ハーフとしての自分のありかた、アイデンティティをずっと模索していた。けれど、APUに入って、何事も白黒つけなくちゃいけないんじゃなくて、グレーでOK!と思えるようになった。文化交流もたくさんできたし、良い意味で他人の意見を気にしなくなった。」「英語とインドネシア語の勉強も本当に頑張った。私は国際学生なのに日本語基準で入学した。インドネシア人にどうしてそんなに言葉が下手なのかといわれ悔しかった。負けず嫌いだから、言語でも何でも人に負けたくなかった。」

シンディ「日本語の勉強を本当に頑張りました。APUに来た時はほとんど話せなくて、最初は泣きながら、家に電話したりしながら、レポートを書いていましたよ!」
「バレーの時も、練習後に一人ひとりがコメントするんだけど、何を言ったらいいかわからなかった」
「けど、クマさんが、『英語でかまわないよ』って、誰かがそれを訳してくれたりしながら会話してました。みんなとても優しかったよ」

Ken:クマさんっていうのは、創部以来APU女子バレー部のコーチであり、監督であり、親熊であるお方のことやね、APUの職員でもなく、卒業生でもない。けれど、いまなお現場で奮闘しつづけてくれている。知らない人も多いでしょうが、そういった方々が実はたくさん居て、この10年間APUを支えてくれているんですよね。

Q. APUでの一番の思い出は?

ブディ「なんでも本気でやりたいと思えば、交渉やかけあいで何とかなるということ。スチューデントオフィスともたくさんやりあったし。何事も手順を踏んで、Plan, Do, See。その結果、やればできるし、できないことはない、と思えるようになった。」

シンディ「温泉が大好きになった。初めて温泉に行ったのは、亀川の共同浴場(おそらく浜田温泉)。最初は人前で裸になるのがすごく恥ずかしかったし、湯船に入るまでにすごく時間がかかってしまった。けど、慣れてからは一人でも行けるようになった。レポートのときのストレス解消にもなるし。」

Ken:素晴らしい体験やね。やっぱり別府に来て温泉を楽しめずに帰るのはもったいないもんね。

Q. 今振り返って、APUに入って、別府に住んでよかった?悪かった?

ブディ「APUに入って、Open Mind、図太さ、前向きさが身についた。『違う』ということが『間違い』ではないと気付いた。APUは不可能を可能にする大学だと思う。物事に『間違い』はないし、答えはある意味ですべて正しい。サバイバル精神や起業家精神が育つ大学だと思う。」

シンディ「APUでは日本人も含め、各国にとても良い友達ができた。そしてその友達とは今でも連絡を取り合っている。APハウスではキッチンやリビングが共同だから、強制的に他の学生とのきずなが強くなったし、おかげで国際的にもなれたと思う」

Ken:このお二人の言葉は、ポイントを突いていますよね。

Q. APUや別府に対して、もっとこうなったら良いのに!というところは?

ブディ「新しいことを考えろと言いたい。ドリームバルや一村一品運動、ワールドカップ、いろいろやってきたけど、じゃあ次は何?Sustainable Development (持続可能な発展)じゃないけど、農業や漁業で何ができる?学生と地域とが一緒になって、何ができるか。一村一品なら、別府市と学生との共同作品はできないか。山ほどあるホテルや旅館のマネジメントを実際のケーススタディとして、2年間などの期限を決めて、学生にまかせてみてはどうか」「別府とAPUは互いにWin Winの関係のはず。でも別府の人はいろんなことに文句は言うのに、受け身な態度で自分たちでは何もしないように見える。やってもらってあたりまえ、そんな感じなんかな。問題があるなら、大学と市民と学生と、みなが同じテーブルについて話し合うべき」「そもそも学部が2つじゃ足りない」

シンディ「確かに学生と市民とのやりとりが少ない。たとえば学生が農業を見に行くとか、別府市も学生も互いのことをもっと知ろうとする必要があるのでは。」「電車やバスの最終時間も遅らせてほしい。」

Q. 在校生や入学を迷っている高校生、卒業生にメッセージを送るとしたら?

ブディ「やらずに後悔するよりも、やってみて後から後悔した方が良い。失敗してもいいし、不可能なことなどない。そもそも、社会人になったら失敗はできない。大学は一番間違ってもよい場所。」

シンディ「自分らしく生きることの大切さに早く気付いてほしいです。悔いがないように!」

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《インタビューを振り返って》

はい、今回のインタビュー内容いかがでしたか。
私たち夫婦にとっては学びの多いものでしたね。

まず強い印象を受けたのが
「泣きながら日本語の勉強をした」という言葉。

「!」ときましたね。

国際学生が入学から半年もすると日本語を使いこなすようになるので、
学生時代、私は別府のあちこち、あるいは日本人学生の間で
「国際学生はやっぱり頭がいいね」という声をよく聞いていました。

しかし、実際には多くの国際学生は見えないところで「泣きながら」努力をしてたんだろう。
と、今更ながら気付きました。

違う言語を0から学ぶというのは、簡単ではありません。当然と言えば、当然のこと。
何の努力もなしに、学べるものでは無いのです。

きっと、あなたの周りの国際学生も
陰で泣いて学んだ日本語で、あなたと笑顔で会話してるんですよね。

また、逆にどれだけの日本人の学生が、「泣きながら」英語に取り組んだことでしょう。
バイリンガル教育を高々と掲げるAPUですが、
大学の授業の仕組みとしても、学生個人の努力にしても、
まだまだ課題が多いと言えます。


そして次に印象深いのは
「違うってことは間違いではない」というお言葉。
これを語ってくれたブディの口調は関西弁の明るい口調でした。

けど、それを聞きながら
想像以上の苦労を経験してるんだろうな、って感じました。(本人はそんな風に言わないけどね)
自分が何者か、というアイデンティティに関する問題は根深いものです。
特にそれがマイノリティに属する人にとっては重い問いになるのだと思います。

そしてAPUの素晴らしい点の一つは、多くのマイノリティを内包していることでしょう。
国籍、信条をはじめ、ときに性別や、身体的特徴など多くの人々が、
それぞれマイノリティとして共に学生生活を過ごすのです。
ある意味、マイノリティであることが当たり前の環境の中で、
ブディは「違うということの価値」に気付いていったのだと思います。

私たち自身も会社を辞めたり、世界一周に出たりと
およそ日本社会では一般的で無い選択をしてきた背景にも、
APUで学んできた「違うことは間違いではない」という感覚が多分に影響しているように思います。

一方、そういった環境は大多数(マジョリティ)に属する日本人学生にも違う意味で効果があります。

振り返ると、私自身(Ken)にとって最初はそういった環境は逆に苦しかったです。
日本人学生、そして別府市民というマジョリティとしてAPUで過ごしていると、
「あなたは何者なの?」という問いは、大きなプレッシャーになって圧し掛かりました。

それに答えるために、必死で「自分らしい」何かを模索し続けましたように思います(今もね)。
そして結果として、そういった環境が自分を成長させてくれたのです。

お互いがそれぞれに違って、それが普通な環境、APU。

そこで過ごした時間は、
ブディとシンディーという素敵な女性たちの今を力強く支えているように映ります。
あぁ、なんだかこっちが嬉しくなってしまいました。

お忙しい中にも関わらず、快くインタビューに応じてくれたお二人。
素敵なお二人に出会えたことに、心から感謝しています☆

以上


なお、この企画は多くの一期生を中心とするAPU生皆さんの協力で成り立っています。
ご意見、ご感想、各国卒業生情報などドシドシお寄せくださいね☆

KENTARO&CHIAKI

(インタビュー:2011年2月28日)

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マーライオンを求めて…

シンガポールに到着した最初の夜、
私たちはさっそく、この国のシンボル、
マーライオンに会いに行きました。

到着したのは9:00過ぎくらい。
近くの川沿いには観光客なのか地元民なのか、
たくさんの人が腰かけています。

シンガポールのデートスポット?



まずはミニ・マーライオンにごあいさつ。



がっかり名所として名高いマーラオイン。

賢は最初、このミニ・マーが本物かと思ったそうです。
ミニ・マーライオンの身長は、私たちと同じくらい。
けっこうかわいい。

さぁ、本物はどこかと、あたりを探し回るも
どこにも見当たりません。

まさか…と嫌な予感が胸をよぎります。
まさか、この箱の下から出てる魚のおひれは…



そうなのです。
私たちが訪れた2月末はマーライオンを
見ることができない状態だったのです。

がっかり…

原因はこちら…
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110308/art11030808090004-n1.htm

ホテルってなんだよ。



さて、
見れないとなると、どーしても見たくなるのが
人間というものです。

たとえ本物は見ることができなくとも、
シンガポールにもう一体存在するというマーライオンを求めて
私たちはセントーサ島に向かうことにしました。

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二日後。セントーサ島。

セントーサ島はシンガポールの南にあるちっこい島で
どうやら島全体がひとつのレジャー・アイランドの様子。

ビーチ、テーマパーク、水族館、カジノ
その他いろいろなでもあります。

けれど、私たちが目指すはセントーサ島の巨大マーライオン。

発見!



思わず真似したくなる可愛さです。

この巨大マーライオンは高さ37mで
上まで登ることもできるそうです。

けれど私たちが登ったのは、タイガー・スカイ・タワー。
こちらは高さ110m。
天気が良いとインドネシアの島々まで見渡せるそうな!

けど、私たちが登った時は、実際にどれがインドネシアなのか
まったくわからず。

かわりに船やコンテナがたくさん見えました。





さすが港湾都市シンガポール。
これはこれでおもしろい。

でも、今度来た時はやっぱり本物のマーライオンが見たいな。

カウチサーフィン in シンガポール

シンガポール2泊目はカウチサーフィンです!

場所はMRT(地下鉄)北東線の終点プンゴル。
ちょっと遠いかなと心配でしたが、乗り換えもいらないし
中心部まで40分くらいで、十分許容範囲内。



駅を出て歩くと、周囲には高層マンションと
建設中の高層マンションがずらり。
郊外の住宅地という感じでしょうか。



これが目的のアパート前。



今回のご家庭は、イスラム教徒のマレーシア人。
私たちとしては、初のムスリムの友達です。



家族構成はエンジニアをしているご主人と
小学校の先生をしている奥様、二人の子ども、
そしてインドネシア人のメイドさん。

皆さんで心づくしのおもてなしをしてくれました。

こちらが私たちが泊まった部屋。



リビング&ダイニング。



キッチン。
その奥には洗濯機があり、天井から
洗濯物をつりさげていました。



子どもと本屋さんごっこをする賢。



子どもに折り紙で遊ばれる賢。



弟君は2歳ですが、もう幼稚園に通ってます。



子どもたちが超可愛くてメロメロ…

「お姉ちゃんはいつからベールをかぶるの?」
と聞いたところ、9歳とか10歳、女性として
見られるくらいになってから、とのことです。

また、「シンガポールではメイドさんて一般的なの?」
と聞いたところ、

「自分たちはシンガポールの国民である以前に、
イスラム教徒としてのアイデンティティを持っている。
地域によって違うかもしれないが、ムスリムの女性は
子どもを育てる義務はあるが、家事をする義務は基本的にない。
だから、共働きの家にメイドがいるのは珍しくない。
また、家事はどちらかの仕事というより
男女ともにするのが一般的だと思う。」

とのこと。なるほど。
まぁ各家庭の経済状況にもよるでしょうが、
ちょっと意外な返答でした。



ここの奥様、とても物腰柔らかで優しくて、
高い教養もお持ちのようで、視野が広く、
とにかく素敵なかたでした。

今回のご家庭のように、異なる宗教や慣習を持つ方と
いろいろ話し合い、お互いについて知るという経験を
これからもどんどん積み重ねていきたいと思います。

2011-02-27

シンガポールの宿

バンコク→クアラルンプール→シンガポール
と移動して、まず驚くのがシンガポールの物価の高さ。

宿に関しても、ひえぇ~~~となります。

私たちはバンコクでもクアラルンプールでも一人500円くらいの宿
(ダブルベッドの個室)に泊まってたわけですが、
シンガポールはドミトリーで、一人1400円。

日本と同じレベルです(涙)

とはいえ、まぁしょうがない。
とても快適なところだったのでご紹介します。

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Betel Box Backpackers Hostel

1泊 ドミトリー(男女混合16ベッド部屋) 1ベッド S$22(約1400円)
部屋に窓、エアコン、共同ホットシャワー&トイレあり
共同スペースでWIFI可(自分のPCやiphoneならネットし放題)
(ホステルのPCを使う場合、30分以内ネット無料)
朝食無料

上海で4人部屋のドミは利用したことがありますが、
大人数部屋は初めての私たち。

ちょっと不安でしたが、ところがどっこい
清潔で静かで、かなり快適でした。



部屋にロッカー付。



このホステルは、フロントがある共同スペースがかなり居心地が良いです。

パソコンで作業をしたり、友達としゃべったり
夜遅くまで起きていたい人はこちらで過ごすため、
ベッドの部屋はとても静か。



広くて明るく、ソファや机がたくさんあるのが◎。
ホステルのPCが奥に並んでます。



奥はキッチンとトイレ。
朝ごはんはトースト(いろんなジャムやバターあり)や
コーヒー、紅茶が無料でいただけるのが嬉しいです。
ふつーに美味しい。



本もたくさんあります。日本語のもチラホラ。

HPが結構充実してますので、詳しくはこちらをどうぞ↓↓↓
http://www.betelbox.com/

2011-02-26

マラッカ ― シンガポール

マラッカ2日目の朝。

市内からバスターミナルのある
マラッカ・セントラルへ向かいます。

バス停にはきれいなブーゲンビリアが。



マラッカ・セントラルに着いたら、まずは腹ごしらえ。
トイレはもちろん、食堂や土産物など
結構充実したバスターミナルです。



マラッカ・セントラルからは、シンガポールへの直行バスもありますが
途中、国境の町ジョホールバルで乗り換え。

バスは今回も快適3列シート。22リンギ(約660円)くらい。
4時間くらいだったかなー。



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ジョホールバルのバスターミナルに到着したら、
またまた腹ごしらえ。今度はランチ。

ちなみにマレーシアの長距離バスは飲食禁止なんです。
口をモグモグさせながらバスに乗り込もうとしたら
怒られました。。



注文したのは上の写真右下の包み。



これがまたうまい。
ピリ辛チキンとご飯が一緒に入ってます。



マレーシアではよくマクドナルドのお世話になりました。
なぜなら、結構どこにでもあってトイレも出入り自由だから。

そしてマックのFreeWifiがとても便利だったからです。
必要事項を入力すれば、誰でも使えます。
マックに入店せずとも、店の近くにいれば電波が届きます。



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ご飯を食べたら、いよいよシンガポールに向けて出発です!
値段は2~3リンギ(約50円)くらい。
時間は1時間ほど。大型バスではなく、普通のローカルバスです。

シンガポールは島国なので、橋を渡ってから入国となります。
橋を渡る前に一度バスを降りて、マレーシアのイミグレで出国手続き。
かなり立派な建物!!国家の意地でしょうか。

同じバスに再びのって、橋を渡ります。



橋を渡ったらまたバスを降りて、入国審査。
せっかく並んでたのに、入国カードを書き忘れて並びなおし。。

ダッシュで同じバスに戻って、無事シンガポール入国!
やっほ~~い!



バス停から地下鉄に向かい、本日の宿を目指します。

2011-02-25

素適な港町 マラッカ

マレーシアと言えばマラッカ!マラッカ海峡!!

マラッカは15世紀から東西貿易の要所として栄えたマレーシアの古都であり
そのシーレーンの重要性は今なお変わりません。

世界史好きの千明としてはぜひとも行ってみたい!

最初は渋っていた賢太郎も、クアラルンプールの博物館で
マラッカについて知り、興味を持ってくれました。

というわけで、シンガポールへバスで向かう途中、
一泊だけマラッカへ!!

クアラルンプールからは南部方面のバスが発着する
BTSバスターミナルからの出発となります。



3列シートで超快適!マラッカまで約4時間です。

バスが到着するのはマラッカ・セントラルというバスターミナル。
ローカルバスに乗って市内へ移動。

こちらは市内中心部を流れるマラッカ川。
かつてはこの川沿いで、商品の売買が行われていたとか。



到着したのが夕方だったため、
とりあえず閉館間際の博物館に駆け込みます。



なんと船がそのまま海洋博物館。
しかも3リンギ(約90円)とお得。
内容も結構充実してておもしろかったですよ。

さて次はどこへ行こうかなー・・・
と思っていた矢先、前方にタワーを発見!

こちらは20リンギ(約600円)もするけど、
マラッカには1日しかいられないし、
高いところから市内を眺めれば手っ取り早いや!と思い
入ってみました。

そしたら大当たり!このタワーかなりお勧めです!
というか、
マラッカの街並みが、想像以上にキレイでした!



念願のマラッカ海峡!!!

ちなみに、マラッカタワーは外から見るとこんな形。



上部にある出っ張った部分がくるくる回転しながら
タワーのてっぺんまで上昇し、また下降してくれます。

その後も町をいろいろ散歩しましたが、
なんだかとっても町の雰囲気が良いです。
シンガポールでの約束がなければ、もう少しゆっくりしたかったな~。

さて、なんとなくはやってそうな店に入り、
以下のご飯を注文。




これがなんとも美味かった!!
ココナッツミルクをたっぷりつかった
まろやか~なお味。
また食べたいな。。

クアラルンプール バス事情

クアラルンプールのバスは、長距離も市内バスも初心者には難しい!

今思えば、上海の市内バスがいかに乗りやすかったことか。
車内に路線図はあるし、次のバス停を示す電光掲示板もあるし。

台北やバンコクでは地下鉄網がかなりしっかりしているため
バスに乗る機会はありませんでした。

そしてここ、クアラルンプール。
バスがわからない!

市外行きも市内も、まずバス停の存在がわからない!
バス停があっても、バス停の名前も書いてなければ
もちろん行き先も書いてない!

道行く人に聞いても、誰一人
私たちの問いに対して明確な答えを知っていない!

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そもそもの始まりは、クアラルンプール郊外にあるFRIM(森林研究施設)へ
行こうとしたことでした。

地球の歩き方やネット上の情報をもとに
ケポン行きのバスターミナルを探すのですが、
いくら歩き回っても、誰に聞いても見つからず。

そこでネットで調べまくったり、いくつか市内バスを挑戦した結果、
以下の事実が判明したのです。
(2011年2月現在)
チャイナタウンに滞在の方は参考になさってください。

①クアラルンプールにあるメインのバスターミナルは、
北方面行き(イポー、バタワースなど)のプドゥラヤ・バスステーション(LRTプラザ・ラキャ駅)と
南方面行き(マラッカ、ジョホール・バルなど)のTBSターミナル(LRTバンダル・タシク・セラタン駅)。

大きなターミナルで長距離バスチケットを購入するのは
とても簡単。いくつかのバス会社で行き先と価格を比較検討すると良いです。
有名なのはトランス・ナショナルやKKKL。

②プドゥラヤ・バスステーションはリニューアル工事中で、完成が遅れに遅れ、
2011年2月22日現在まだ機能しておらず、結果として私たちがバタワースから到着した
郊外のバスターミナルがその機能を担っている様子。
けど、このプドゥラヤが完成したらかなり便利!!
かわりに、TBSターミナルの近くの駅、
ブキジャリ駅に別のバスターミナルがあります。
私たちもここからペナンへ行きました。
ターミナルにはATMがありませんが、
徒歩10分くらいの場所にカルフールがあります。

③プドゥラヤ・バスステーション近くにある、チャイナタウンの
コタ・ラヤ周辺一帯(セントラル・マーケット周辺含)も
長・短距離バスの発着場として機能している様子だが、
バス停には行き先などの情報が何もなく、バスのスタッフらしき人に聞くしかない。
また、バス停すらないところにバスがよく止まる。

なので、コタ・ラヤからどこかへ行くのは難しいが、
どこかからコタ・ラヤに帰ってくるのは簡単。
通りかかったバスや、バス待ちしてる人に「コタ・ラヤ?」と聞けばOK!
④チャイナタウンに滞在している人にとっては、
パサール・スニ駅前のバスターミナルが使えるかもしれません。
クアラルンプール近郊へは結構バスが出てるみたいです。
ただ、やはり行き先などの表示はないので、
そこら辺にいるバスのスタッフに聞いてみてくださいね。
少なくとも、ブキジャリやタマン・デサへのバスはあります。

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ざくっと書いてみましたが、状況は刻々と変化しているようなので、
クアラルンプールに来た方は、ネットでいろいろ調べてみてくださいね。

最後に、私たちがマラッカへ行くために利用したTBSのバスターミナル。
あまりの巨大さとキレイさ、マレーシアの他のバスターミナルとのギャップにビツクリです。



バンダル・タシク・セラタン駅からバスターミナルへ向かう途中の通路より。



広い。



ターミナルではフリーWIFIが使用でき、レストランやカフェもあります。

おそらく、北方面行きのプドゥラヤ・バスステーションもこんな感じになることでしょう。

2011-02-24

カウチサーフィン in クアラルンプール

他の東南アジア諸国には珍しく、
クアラルンプールではマレー人の旅人をよく見かけた気がします。
もしかしたら旅が好きな国民性なのかもしれません。

そして、クアラルンプールではカウチ・サーファーが結構います。

カウチ・サーフィンでは、登録したからといって
必ずしも旅人をホストしなければいけないわけではありません。

宿泊させてあげるのは無理だけど、お茶や町案内ならOK!
という登録のしかたもあるのです。

クアラルンプールに滞在中は、そういった方から何件か
お誘いのメールをいただくことがありました。
(残念ながら予定が詰まってたのでどれも色よい返事はできませんでしたが)

ところが、泊めてくれる人を探すとなると、
なかなかうまくいかないこともあるものです。
今回はタイミングが悪かったのか、クアラルンプールで
カウチを見つけることができませんでした。

しかし、カウチリクエストを出したうちの1人から、
食事ならOKという返事もらえたので、クアラルンプール最後の夜に
彼女に会いにいくことになりました。

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チャイナタウン近くのパサール・スニ駅のバスターミナル(近距離)から
バスに乗って30分ほど。
Taman Desa Medical Center 前で待ち合わせて、
近くのナイト・マーケットへ繰り出しました。

お会いしたのは、私たちがカウチリクエストを出した
Vyncci と彼女の同僚の Christine。
二人とも中華系マレーシア人です。



近くの屋台からいろいろ食事を選んで購入。

この日、初めてNasi Lemak にも挑戦。
それ以降、私たちのお気に入りとなります。



Nasi Lemak とはバナナの皮にご飯やおかずを包んだもので
大抵1.2リンギ(約34円)くらいで売ってます。
この値段の安さ、そしてお米だから小さいのに食べ応えがあること。
日本人からすると、おにぎりみたいな感覚でしょうか。



中に何が入っているのかわからない外見のため
彼女たちに勧められなかったら絶対口にしてなかったと思います。

2人とも日本に興味があって、いつか旅行をしたいと考えているらしく
日本の旅事情についていろいろ説明しました(主にコスト面(^^;)。

また、大卒の初任給や日本の税制など、いろいろ興味津津。
熱心に話を聞いてくれました。
もちろん英語での説明に一苦労(汗)。

意外だったのは、彼女たちの一人が箸を使えないこと。
マレーシアは基本的にスプーンとフォークですからね。
中華系でも箸を使わないご家庭もあるとはちとビツクリ。

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そして最後はナイト・マーケットをうろうろ。
日本の縁日の屋台みたいで、とってもにぎやか。
平日(木曜)の夜だというのに、人であふれていました。



散歩しながら、彼女たちに「マレーシアにはムスリムがたくさんいるけど
恋愛対象になる?」と聞いてみたところ、
「もちろん、マレー人の友達や同僚はたくさんいるけど
文化が違うし恋愛や結婚は考えられない」とのこと。

もちろん彼女らの意見が国民を代表するわけではないですが、
クアラルンプールで人間観察をしていると、
街中ではマレー人はマレー人(主にムスリム)、中華系は中華系、
インド人はインド人と、それぞれ別々にコミュニティを形成して
共存しているような印象を受けました。

これだけ違った民族や宗教、文化が存在するマレーシアでも、
だからといってそれらが簡単に混ざるわけじゃないんだな、
と改めて感じました。そりゃそーか。
(国の政策も影響しているでしょうが)



二人とも仕事あがりなのに、たっぷり付き合ってくれて
本当に感謝感謝です。