どんな観光客でもそうだろうが、
私達の約二週間に及ぶシェムリアップ滞在では
「トゥクトゥク」が市内交通の基盤だった。
1キロ程度を1USドル、
そのほかは距離、道の状態に応じて順次交渉。
しかし他のアジアの国と違い、
カンボジア人の人柄の良さもあり、
この交渉もシェムリアップではさほど苦にはならない。
さて、このトゥクトゥクの魅力は何と言っても
値段の安さでは無くて「視界の広さ」にある。
アンコール遺跡群に向かう道のり、
その途中で垣間見る、人々の営みや、森の風景。
そういったものが一つのエンターテイメントとして成立している。
目的地は無くとも、
トゥクトゥクでぐるっと、
街をひと回りしても、それだけの価値がある。
ところが、
タクシーやバスだと
これが上手くいかない。
車窓の景色は制限され、
目的地まで移動する時間は、
たちまちエンターテイメント性を失う。
振り返ると、日本でも良く
浅草の人力車や、湯布院の馬車など
視界の開けた乗り物を観光地で見かけた。
値段が張るので、
自分のような若輩者はまだ乗った経験はないけれど、
あれはあれで、相当な価値があったのだな、と思うようになった。
さて日本中どこも、かしこも
人力車やバスを導入する訳にはいかないだろうが、
大切な視点は、
「移動そのものをエンターテイメントにする」
という発想だ。
「乗りたくなるバス」
「乗りたくなるタクシー」
「乗りたくなる電車」
それを「ソフト」の話として
再考するのも、価値ある試みではないだろうか?
以上
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