2013-05-18

世界一周旅を終えて、今思うこと⑬ 「祖国」について その2

前回の続き


私たちに出来ることは、ただ
自らのルーツ(根)を知り、感じ、愛すること。
そして「日の光」を浴びるための努力をすることです。

では、その「日の光」とはなにか?

それはきっと
「ありたい姿」です。

私たちが、
「こうありたい」と心の底で願っている姿だと思います。

それに向かおうとする願望、、、。
が本来誰にでもあるのではないでしょうか?


さて、
前置きがだいぶ長くなりましたが、


「祖国」とは何なのか?

私たちを「桜の木」に例えた場合、
どう考えられるかについてすすめます。


「桜の木」は死を迎えると
倒れて、朽ちてやがて大地に帰ります
その全ては、やがて土となります。


そうして養われた
幾重にも重なって
重なって大地を形成します
その大地の上に、新しい種が落ち、芽吹きます。


そうやって考えてみると、

私たちの根を下ろす「祖国」という大地
私たちの「先人達の生」の積み重ね
そのものだと言えるのです。


それが数千年の時を経て
幾重にも重なって、その大地の上に
現代の私たちが育まれているのではないでしょうか?


私たちが
歴史を学び、古来からの文化を知ることで
自らの足元に「根」を張る。


その努力は、私たち一人一人の
「アイデンティティ」を安定させるとともに、

それゆえに「枝」も広く自由に伸ばせるし、

いずれ咲かせる「花」も
壮大に艶やかになるものだと思います。


つまり、先述したとおり、

そうして
「ゆるぎない自分」を確立してこそ、
広い世界でもぶれずに活躍し、
価値を生み出せる人間になります。


そして、

一方でその努力は、
大地そのものを安定させる
ものでもあります。

それぞれの木々が
しっかりと根を張ることで、

大地自体が
「風化」「浸食」から
守られるのです。


私たちの
根元にある「祖国」という存在も、
同じではないでしょうか?


私たちが、
「祖国」という大地に蓄えられた
「文化」「伝統」
学び、吸収していくことで、

その「祖国」そのものの
「風化」や「浸食」を防ぐことができるのだ
と実感しています。


そして逆に、
そういった姿勢を欠いてしまっては、
先人達が守り受け継ぎ、育んできた、「祖国」は
やがて地滑りを起こして、消え去ってしまう
危機にさらされるのではないでしょうか?


また、そうして、

不安定になった大地からは
個々の新しい「芽」も
また育っていくことは難しい

のです。


大切なことは、

「祖国」とは
私たちの足元にあるもので、
(好むと好まざるとにかかわらず)

その上に
私たち一人一人の「生」は
成立しているということ。

そして、

その「祖国」を
しっかりとした土壌として
育み、次世代に受け継ぐためには

その「大地」に
しっかりと「根」を張る努力
重要だ

ということです。



とはいえ、

私自身はその点について、
「日本」に関しての状況を悲観してはいません。


なぜなら、
いま多くの同世代の友人が、
真の「歴史」を学び、
「伝統」を習得しようと試みているし、


また、
多くの日本人旅人が
世界旅を通じて「日本」とは何か?という
問いに真剣に向き合っているのを
知っているからです。


以上

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