ブログを書くのもずいぶんと御休みしておりました。
コロンビアでの例の事件以来、
パソコンも携帯も持たずにきてしったので、
物理的にブログを書いてUPすることが難しかったためです。
とはいえ、旅の終盤、南米大陸での四カ月を
身軽に動きまわれたことは本当に良かったと感じています。
なぜならネットに縛られなくて済む分、
身体と直感だけを頼りに、純粋な「旅」らしい経験を積むことができたからです。
さて、なにわともあれ、無事日本に帰国できたことを御報告するとともに、
自分自身の為にも、今回の旅を総括して、その学びをこれからまとめていこうと思います。
旅の途中(たしかエジプトあたり、、)ふとしたことから気づいたのですが、
「人間」って言葉は良く出来ているんです。
私にとって、
どういうことか?
この「人間」という言葉はヒトという種の一個体を表しています。
一人のことを表すのに「人の間」と書き表すのです。
言い得て妙、、ですね。
考えてみると、
「私」は私一人ではその存在を認識し得ません。
「私」は常に、「私とは違う誰か」との相対的な関係の中に認識しうるものではないでしょうか?
言い換えれば、
そうであるならば、、
そして「『私』と『他者』との『関係』」は、言い換えれば「人と人の間」のこと。
つまり、「人間」なのです!
ね、良く出来てると思いませんか?
だと、この世界旅を通じて気づくことができたのでした。
そういう哲学を腹に据えることができた私自身は、
これから先、以前よりもさらに自信をもって「誰かの為に」という言葉を使えるようになれそうです。
以上
コロンビアでの例の事件以来、
パソコンも携帯も持たずにきてしったので、
物理的にブログを書いてUPすることが難しかったためです。
とはいえ、旅の終盤、南米大陸での四カ月を
身軽に動きまわれたことは本当に良かったと感じています。
なぜならネットに縛られなくて済む分、
身体と直感だけを頼りに、純粋な「旅」らしい経験を積むことができたからです。
さて、なにわともあれ、無事日本に帰国できたことを御報告するとともに、
自分自身の為にも、今回の旅を総括して、その学びをこれからまとめていこうと思います。
最初のテーマは「人間」
旅の途中(たしかエジプトあたり、、)ふとしたことから気づいたのですが、
「人間」って言葉は良く出来ているんです。
私にとって、
この言葉には「『自分』とは何者か?」という問いへの答えが隠されていました。
どういうことか?
この「人間」という言葉はヒトという種の一個体を表しています。
一人のことを表すのに「人の間」と書き表すのです。
言い得て妙、、ですね。
考えてみると、
「私」は私一人ではその存在を認識し得ません。
「私」は常に、「私とは違う誰か」との相対的な関係の中に認識しうるものではないでしょうか?
「私」は「私だけ」では成り立ちえず、
「私以外の全ての存在」が会って始めて「私」足り得るのではないでしょうか。
言い換えれば、
「私」が存在するためには常に「他者」との「関係」が必要だってこと。
その「関係」が無ければ「私」は自我を育み、独立した存在として成立しえないのです。そうであるならば、、
「私」=「『私』と『他者』との『関係』の総和」だと言えます。
そして「『私』と『他者』との『関係』」は、言い換えれば「人と人の間」のこと。
つまり、「人間」なのです!
ね、良く出来てると思いませんか?
ですので、
「『自分』とは何か?」という問に対しての答えは、
『自分』とは、「『自分』が出逢ってきた『他者』との『関係』の総和」
だと、この世界旅を通じて気づくことができたのでした。
そういう哲学を腹に据えることができた私自身は、
これから先、以前よりもさらに自信をもって「誰かの為に」という言葉を使えるようになれそうです。
なぜなら「誰かの為に」は、ダイレクトに「自分の為に」と同一なのですから。
以上
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